『ねぇ悟能・・・私達もう一人じゃないんだね』
問い掛けるというよりも確かめるように
紡がれた言葉に頷けば、君が微笑った
柔らかく儚げな君の笑顔は綺麗で・・・そう、とても綺麗で
今考えれば滑稽なほどに、その時はただ
薄氷の上に成り立った永遠と言う名の幸福を、盲目的なまでに信じていた
『今日は外に出る。付いて来い』
断る事など考えもしないとばかりに、そう告げるなり八戒の手を引いて部屋から引き摺り出したのは他でもない三蔵だった。咄嗟に断る理由が見つからなかった八戒は、黙ったまま目を伏せた。斜陽殿で判決を宣告されてからと言うもの、八戒は46時中明りを落とした部屋の中で一人、吐き気を覚える程の感情の渦と戦い続けていたのだ。
(心配・・・させてしまったんでしょうか) 生きる覚悟を決めたからには、流石にもう自分を傷つけようとは思わないのだ。それが証拠に、八戒の右目には三蔵の勧めによって最新式の義眼が埋め込まれていたし、未だかつてそれが彼の手によって再び抉り出される事はなかった。
しかし生きる覚悟を決めたと言う事は、同時に過去との戦いの幕開けに他ならなかった。守れなかった愛への後悔、咎なき無数の命を奪った罪、結果として己への自虐的なまでの嫌悪感。それら全てにけりをつけるまでには、まだ多くの時間を必要としていたのだ。そして八戒は未だ迷っていた、この先歩きつづける道を、見出せないままで。
「あの・・・三蔵さん」
「・・・なんだ」
賑やかな町並みは、日曜市がたっていると言う事意外はいつも通りに。八戒の懊悩を他所に穏やかな日常そのものだった。まるでソレを守りきれなかった己を、拒絶するかのように。
「何処に・・・?」
行くんですか、という後半が消えたのは、突然三蔵が立ち止まったからだった。露店の出ている大通りから一歩通りを入った、貴金属店らしき建物。
「ここは・・・」
「ちょっと待ってろ」
八戒を外に待たせて中に入ると、三蔵は何やら店の主人と二言三言交わして出てきた。そして八戒の目前で立ち止まると、受け取ったばかりの商品を無造作にケースごと差し出した。
「・・・これから必要になる物だろうからな」
「僕に・・・下さるんですか?」
「要らんなら捨てていいぞ」
それだけ言うと、ぷいと背を向けて早足で歩き出す。慌てて後を追いながら、八戒はそっとケースを開けてみた。そこには・・・
「三蔵さんっ・・・これ、アンティークじゃないですか!」
「・・・実用品だ」
そこには何ともシンプルなデザインの片眼鏡が有った。科学技術も高度に発達した桃源郷においては、眼鏡自体がアンティークと言って良かった。しかもこの時八戒は知らなかった事だが、密かにレンズは特殊鉱石を加工したもので、目の負担まで軽減してくれるという、最新式であった。
「戴けません、こんな高価な物」
「だが、無ければ殆ど見えんだろう?」
確かに、無造作に抉ってしまった目は治しようがなく、義眼を入れてさえ微かにしか見えない。有った方が断然便利なのは、八戒も認めざるを得ない。しかし・・・
「いくら視力を補ったって・・・見えなければ意味ないです」
喪った記憶を抱えたままで、一体何が見えるというのか。賑やかな町並みも、溢れる人々の流れも、これから自分が進むべき道も・・・この偽者の眼には映っていても。・・・本当には何一つ見えてはいないのに。
だって君はもう何処にも居ないから
「・・・馬鹿か、お前」
「三蔵さん・・・?」
呉れかけた日差しを跳ね返して、金色の光が鮮やかに降り注ぐ。悟空の台詞じゃないけれど、本当にこの人は・・・太陽、みたいだ。
「見ようとしなければ、見えなくて当たり前だ。それに・・・」
「それに?」
誰を贔屓する事も無く、救わないと公言しながら。その言葉は日差しのように温かく、この胸にも降り注いでくるから。期待したく・・・なってしまう。この人が見つけてくれるんじゃないかと。自分がこれから、歩むべき道を。それが自分勝手な期待だと、判っている癖に。
「・・・道は、見つけるものじゃない。自分で歩いて作り出すものだ」
「・・・っ」
浅はかな期待は、いつだって。自分にとって思いがけない方向に裏切られる。甘やかす訳でも慰める訳でもなく・・・それでもこの人は。優しく突き放して、くれるから。
「逃げるなよ、八戒。自分のした事が罪だと思うなら、その眼で全て見届けろ」
「・・・はい」
少しだけ、笑ったら。ずっと心が軽くなった気がした。道も、答えも・・・歩いた後に見出せるものだとしたら。歩き出せるかも、しれない。この痛い位の想いの渦を、まだ今は抱えたままでも。
「ねぇ・・・似合います、コレ?」
知らん、とか・・・さぁな、とか。そんなぶっきらぼうな答えが返ってくると、思っていた。だから少しおどけた仕草で、眼鏡を掛けてみただけだったのに。
「ああ・・・良く似合ってる」
「え・・・?」
穏やかな顔で、一瞬だけ微笑って。真面目な顔で、頷いて。そのまま近付いてきた彼を。拒めなかった理由は、判らない。ただ夕日に照らされた金色の光と、吸い込まれそうな紫の瞳があまりに・・・綺麗で。
「「・・・・・・」」
黙ったままで、抗いもせずに瞳を閉じてしまった事を。きっと後で後悔すると判っていて。それでもその温かい唇の感触が、何故かその時は罪悪感も嫌悪感も抱かせなかったから。
僕はそのまま、眼を閉じつづけた
「暗い眼して下向いてるよか、ずっと・・・な」
「三蔵・・・さん」
そして君の居ない今を、僕は未だ生きている
永遠の残滓と刹那の現実をどちらも棄て切れずに
色褪せた温もりの名残と、鮮明過ぎるイタミに似た熱を抱えたままで
まだ今は君を、君を愛して・・・いるままで
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―了―
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「Jade」(閉鎖)様にて32500hitキリ番を踏んだ時のリクエスト品♪
リク内容は当時サイト内で連載しておられた作品の番外編、というもので、連載の中で『三蔵から八戒に片眼鏡が渡された際にキスした』とあったので(でもちゃんとくっ付くのは清一色編の後、という内容)、そこに焦点を当てた話をおねだりしました。
単独でも読めるように計らって下さったサイトマスター様に感謝です。
立花悠希様、本当に有難うございました! |

「懐かしい!」という方も「こんなサイトあったんだ」という方も、読んだらぽちっと↑
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