有り難き戴き物です♪







 寒い冬の日だった。雪降る森の中を進んでいた一行は、強くなる一方の雪に危険を感じ、運よく見つけた番小屋に避難することとした。日没までまだいささかの時間が残っていたが、無理をしたところで日暮れまでに森を抜けられるあてはなく、さらに進んでこの先に夜明かしできる場所を見つけられる保証もなかったためである。
「良かったですよ、本当に。ここに番小屋がなかったら大変な目に遭うところでしたね」
 番小屋に駆け込む間際、すでに雪は大降りとなっていた。森を覆い尽くす勢いで降る雪を窓越しに眺め、八戒は安堵の溜息をつく。この天気での野宿は致命的だ。
「やっぱ、日頃の行いがいいからじゃん?」
 おどけた口調で笑う悟浄は、暖炉に火をおこしたところである。
「・・・・日頃の行いが良けりゃ、こんな吹雪になんざ遭ってねえよ」
 そこへ仏頂面の最高僧が面白くもなさそうに口を挟んだ。雪にまみれたせいでご機嫌斜めといった様子である。
「・・・お前さ」
 八つ当たりされた体の悟浄といえば、売られた喧嘩は高値買い取りがデフォルトの男だ。退屈しのぎも兼ねて、黙っていられるわけがない。
「なーんにもしねえで文句ばっかり言ってりゃあ、そりゃ運も尻尾を巻いて逃げて行くってな」
 悟浄が挑発すれば、すぐさまジャキッと撃鉄の上がる音がした。最高僧ながら、三蔵という男、悟浄以上に気が短い。
「死にたいらしいな、クソ河童」
 このとき悟空は成り行きをつまらなさそうに眺めていた、いやもっと正確に言えば腹が減ってそれどころではなかったのだが、ふと八戒の表情を目にし、慌てて立ち上がった。勘の良い子である。
「三蔵! 悟浄! やべーよ、やべーって!」
 必死の声に、三蔵と悟浄がそろって目を向けると、悟空の背後に仁王立ちする大魔神、もとい、八戒の姿が見えた。その表情はしごく穏やかだが、外見に騙されてはいけないことは、三人ともこれまでの経験から嫌というほど知っていた。アレは怒っているのだ。
 面白くねえ、と三蔵は独りごちた。怒っている八戒を見るのが愉快でないのはもちろんだが、他にも面白くない理由はある。八戒は悟浄と三蔵をまとめて叱るとき、常に高潔な教師の顔になるのだ。それがいささかつまらない。
「いいですか、二人とも。ここは他人様の番小屋です。いくら壊れかけでガタガタのボロ屋だったとしても、派手に暴れて破壊していいってことはないんです。頭の良いお二人のことですから、それくらいは分かってますよね? で、この小屋が壊れたらどうなります? 当然ながら、僕ら、吹雪の中で野宿と洒落こむことになるわけです。明日の朝には皆そろって仲良く凍死体ですよ。素敵じゃありませんか。冷凍河童って売れますかねえ。最高僧の氷漬けなんて何だか寿命が伸びそうですからきっと高値がつきますよ。貴方がたほど賢い人たちのことです、全部分かってやってるんですよね。そもそも今朝の出発が遅くなったのも、前の晩に散々呑んだ誰かさんと誰かさんが二日酔いで起きられないって呻いてたからですもんね。雪が降らないうちに距離を稼がなきゃいけないってあれほど言ったのにまあ・・・」
「悪かった! 八戒、悪かった! ほら、ジョークだし! 暴れたりしねえし!」
 たまりかねて叫んだのは悟浄である。ネチネチと一晩かけて嫌味と小言を言い続けるくらい、八戒には朝飯前のことである。ここは非を認めて謝った方が得策なのだ。
「・・・フン」
 三蔵はそっぽを向いただけだったが、これが彼なりの無条件降伏のしるしであった。
「結構です」
 八戒は簡潔に返事をすると三人に背を向け、宿で用意してもらった弁当やそのほか諸々のものをを取り出し、食事の支度にかかった。道を急ぐために昼食を遅らせていたのだ。
 此処でも最も反応が良かったのは悟空である。
「あ、俺、手伝うよ!」
 跳ねるようにして八戒の許へ行くと、先ほどまでとは打って変わって優しい笑みが悟空を迎えた。
「ああ、悟空ありがとうございます。世の中がみんな貴方みたいだったらいいんですけどねえ」
「へへっ」
 照れて頭を掻く悟空を横目に捉えつつ、二人の男はこそこそと窓辺に寄った。まるで叱られた犬か立たされ坊主である。二人は互いに決して目を合わせはしなかったが、示し合わせたように同時に煙草に火をつけた。
「ったく、おサルさんが点数稼いじゃってー。どうよ飼い主」
「飼ってねえよ」
 三蔵は窓をたたく雪に目をやり、白い煙を吐いた。よく分かっているのだ。八戒の言うとおり、こんな大雪の中で野宿をするのは確かに自殺行為だ。もちろん真っ先に死ぬのは三蔵である。三蔵の命にかかわることとなると、八戒の怒りは真剣さをいや増す。
 生粋の人間である三蔵は、残りの三人ほど頑丈にできていない。それは三蔵自身よく分かっているつもりだ。しかし、分かっているからといって、行動が伴うかというとそうではない。ゆえに八戒は小言を言う。三蔵としては子供扱いされているようで腹が立つのだが、八戒の正論に抗するすべを今のところ持てていない。煩せえ、と怒鳴って遠ざけてもいいはずなのだが、何故かそれができないのである。あの独特の圧迫感のある笑顔にどうにもこうにも逆らえないのだ。まったく何と面倒な男だろうか、と自分のことはすっかり棚にあげ、三蔵はいつも内心毒づくのであった。
「さあ、食事の準備ができましたよ」
 明るい声とともに悪ガキどもに向けられたのは、八戒の二心なき笑みであった。
 幸いにして、彼の怒りは長続きはしない。怒りの痕跡をとどめぬ清潔な笑顔に何処か物足りない思いを抱きつつ、三蔵は用意された食事をとるべく、吸いさしを暖炉に放り込んだ。




 手持ちの食料で腹を満たした後は特にすることもなく、一行は早々と横になった。いや、特にすることもないから、ではない。八戒が何もさせなかったと言った方が正確である。簡単な食事の後、酒瓶と煙草に手を伸ばそうとした悪ガキ二人の手を、八戒はきっぱりと押しとどめた。
「お酒を飲むと血管が拡張します。するとどうなると思います? 身体から熱が奪われるんですよ」
 八戒は右手の人差し指をピンと立て、教師モードに突入した。
「それから、煙草を吸うと血管が収縮します。ただでさえ寒いんです、これ以上身体を冷やしてどうするんです?」
 八戒の圧迫感に溢れた笑顔に押され、三蔵と悟浄は大人しく横になることにした。ふと見れば、悟空とジープはとっくの昔に夢の中だ。健やかなる精神と、場をよく読む、いや、八戒の機嫌をよく読む能力の賜物である。
 三蔵は舌打ちしつつ、ごろりと床の上に身を横たえた。それにしても、素直に言うことをきくのは実に業腹である。などと考えるが否や、その心をまるで読んだかのように、それまで背中を向けていた八戒が三蔵の方を向いてニヤリと笑った。
「煙草がないと口さみしいんでしょう」
 からかわれて、三蔵はムッと顔を顰めた。子供扱いもいい加減にしろ、と言いさして、三蔵は口を噤んだ。ひとつには、口喧嘩で八戒を抑え込むことなど土台無理だからである。無駄なことに労力を割いても仕方ない。そしてもうひとつには、暖炉の火に照らされた八戒の唇が何処か妙な色を帯びているように見えたからであった。それは、八戒が三蔵と二人だけのときに時おり垣間見せる不思議な色である。

 ―――― 口さみしいんでしょう?

 八戒に背を向け目を閉じても、なぜか赤い唇は三蔵の瞼に焼きつき、彼をからかい続けていた。畜生、と三蔵は独りごち、きつく目を引き瞑った。八戒に前世があるとすれば、きっと悪魔か何かに違いない。そうだ、悪魔だ、悪魔。
 そんな下らない悪態を心の中で精いっぱい吐きつつ、それでも三蔵はいつしか浅い眠りに落ちていた。本人は意識していなくても、厳しい旅の間に疲れが澱のように溜まっているのだ。眠れる時に眠ろうと身体が欲するのは当然である。ただし、いつ訪れるかも分からぬ敵ゆえに、深くは眠れないのだが。




 どれほどの時が経ったころであったろうか、八戒は不穏な気配に目を覚ました。身を起こすと、他の面々もそれぞれに起き上ったところである。
「どーしてこんな雪の日にくるかなー。もー、俺、ハラ減った」
 悟空がぼやくと、悟浄は腹を抱えて笑った。
「サルが腹減ってねえときがあったかよ。雪なんざ関係ねーくせに」
「サル言うな! エロ河童!」
 いつものどつき合いが始まるかに思われたが、それを一瞬で静めたのは、両名にぴたりと向けられた三蔵の銃口である。
「・・・・煩せえ」
 危険が迫るとき、三蔵の身体からは冷たく刺すような殺気が漂ってくる。最初のうちは本人が意識して殺気を発しているのかと八戒は思っていたが、どうやらそうではないことに気づいたのは旅に出てしばらく経った頃であった。三蔵はまだ幼いうちに一人で放浪生活を送っていたというから、その時に身についた癖なのかもしれない。そんな三蔵であるから、自らの身を守るくらい誰に言われずとも確実にやってのけるであろうし、ゆえに本当は煩く世話を焼かれる必要もないのだろう。八戒はただ、三蔵が本気で嫌がらないのをいいことに、あれこれ口を出しているだけだ。
 そんなやくたいもないことを考えるともなしに考えながら、八戒は近づいてくる気配をうかがった。どうやら、いつもの物量作戦のようだ。
「やれやれ、彼らも寒いでしょうに」
 口に出してみて、その言葉の酷薄さに八戒は我ながら驚いた。すぐに寒さなどどうでもよくなる運命の妖怪たちに、これっぽっちも同情心を持ち合わせてはいない自分に気づいたからである。今の八戒にとって重要なのは、身近な三人と一匹を死なせないことだけである。わけても三蔵は死なせてはならない。彼は死すべき最後の人である。
 ジープを小屋に残し、四人は一斉に外へ飛び出した。すでに雪は止んでおり、空には月がかかっている。わずかな月明かりが白い雪を照らし、四人の影を蒼くと刻む。やがて、空を黒く埋め尽くさんばかりの数の敵が現れた。

「三蔵一行、かく・・・ッ」
 ガウン!

 いつものように、口上を言い終わる前に三蔵が放つ銃が相手を貫く。つくづく学習能力のない敵だ、と八戒は思ったが、いや、とすぐに考えを改めた。学習能力がないというよりも、単調な大量攻撃で一行の体力と気力を削ぎ取っていこうという腹なのだろう。目の前の妖怪たちはともかく、その背後にいる連中まで頭が切れないということはあるまい。
 思考をめぐらせながら、八戒は淡々と敵をあの世へ送って行く。残る三人の気配を近く、あるいは遠くに感じながら、眼の前の敵を片づけることに専念していた。殺戮、という言葉は思い起していはいけない。思い出した途端、心の柔らかい部分が迷いを生じさせるからだ。迷えば隙ができる。隙ができれば己の命が危ない。ゆえに、八戒は己が心を殺して、他人の命を奪う。
 そろそろ戦いも終盤にさしかかろうというとき、突然、三蔵の気配が消えた。他の二人もきっと気づいただろうと八戒が周囲をぐるりと見渡すと、悟浄の姿が目に入った。彼も八戒の方を見ている。一瞬の逡巡めいた間ののち、悟浄は肩をすくめ、ある方向を指さした。三蔵の気配が消えた方角だ。つまり、探して来い、ということである。
 と、そのとき、悟空が木々の間から走り出てきた。彼は、敵をなぎ倒す合間に、こっちは万事任せろとばかりに手を振った。
 背を押されるように、八戒は走り出した。実際、不明者の捜索は誰よりも八戒が適任なのだ。八戒なら、不明者が怪我を負っていた場合にその場で応急処置ができる。よって、この場合も八戒が探しに行くのは自然である。しかし、彼はある種の後ろめたさを感じずにはいられなかった。こと三蔵の安全に関する限り、八戒は自分でも過剰かと思われるほど不安を感じてしまうからだ。ほんの少し気配が途切れたからといって、危険な目に遭っているとは限らないし、そもそも三蔵も柔な男ではない。放っておけばそのうち戻ってくるかもしれないではないか。
 しかし、もしも、もしも万が一、戻ってこなかったら・・・? 八戒の心にはすぐ暗雲が垂れこめる。その狼狽ぶりは隠しても分かってしまうものらしく、現に悟浄は時おり今日のような呆れた素振りを見せる。
 八戒は雪を蹴って森の中を走り、三蔵の気配が消えたと思しき地点を目指した。ひっきりなしに襲ってくる妖怪たちを蹴散らし、白い雪を赤黒く染めながら、八戒はひたすら前へと進む。
「・・・ッ」
 不意に足元が崩れた。雪とともに下に流される。落ちては拙いと咄嗟にそのあたりにあった枝を掴んだが、呆気なく折れた。しかし、そこは器用な八戒のこと、折れて手に残った枝をピッケル代わりにして、どうにか身体を止めることに成功した。雪に半ば埋もれた状態ながら、額に冷や汗が滲む。八戒と共に落ちた憐れな妖怪たちが悲鳴をあげながら滑落してゆくのが下方に見えていた。此処は切り立った崖だったのだ。
「三蔵!」
 視線をめぐらせると、崖の途中に生えた木の幹に三蔵が引っ掛かっているのが見えた。雪の中に身体を半分めり込ませるようにして、八戒の声に一瞬だけぴくりと動いて反応したところみると、命はあるらしい。
 八戒は三蔵を救出するべく、そろそろと身体を動かした。気は焦るが、慎重に動かなければ、三蔵を助けるどころか、八戒自身が崖下へ転落する恐れがあった。
 すこしずついざりよっていくと、三蔵の手がしっかりと銃を握っているのが目に入った。意識を失ってもなお戦うことをやめないつもりであるようだ。いかにも彼らしい、と八戒は薄く笑った。三蔵のとりあえずの無事を確認した安堵の笑みでもあり、命をすり減らす運命を背負った三蔵への憐憫がこもった笑みであった。




 冷たく閉ざされた闇の世界で、三蔵はもがいていた。
 遠くから彼の名を呼ぶ声が響く。切羽詰まった声だ。そんなに呼ばずとも常に側にいるだろうに何と煩い奴であろうか、と三蔵は悪態を吐いた。

 ――― 少し待ってろ、すぐに行く。

 怒鳴り返せば、声が僅かに丸みを帯びた。いつもの柔らかな声が取り戻され、様々な表情で三蔵を呼ぶ。声を発するのは、三蔵の脳裏に既に焼きついた、あの暖炉の炎に染まった唇である。喜び、悲しみ、苦しみ、怒り、ぐるぐると回る感情の渦は三蔵を巻き込み、彼の意識をぐいと掴んで浮上させようとしている。
 ゆっくりと、しかし着実に、渦の流れは三蔵を目覚めへといざなう。三蔵は、これまで半ば冷気に溶けていた四肢が自らの形を取り戻していくのを感じていた。やがて、皮膚にも覚醒の時が訪れた。柔らかな布に包みこまれた素肌の上を、何かなめらかなものが滑ってゆくのが分かる。慣れ親しんだ気配に身を任せるうちに、思わず、ああ、と吐息が三蔵の唇から漏れた。彼の身体中を包むように触れるそれは熱を帯び、女を知らぬ身には未知の疼きをもたらした。
 疼きとともに、意識はますます覚醒に近づく。
「・・・んぞう、三蔵」
 耳が拾う音が意味を持った瞬間、三蔵は目を開けた。
「あ、おはようございます・・・って、まだ夜ですけどね」
 三蔵の目の前には、にっこりと微笑む八戒の顔があった。三蔵の目はその唇に吸い寄せられる。
「・・・何処だ、ここは」
 暗い闇の中ではあるが、少しばかり月明かりが差し込んでいるようだ。
「森の中の洞窟ですよ。貴方、崖から落ちかけて雪に埋もれてたんですけど、覚えてます?」
 必要以上ににこやかに説明され、三蔵は顔を顰めた。倒れたところまでしか覚えていないに決まっているではないか。意識を失っていた間の記憶がある奴など聞いたことがない。
「身体が冷え切っていたんで、気功でちょっと温めてたんですよ」
 言われてみれば、三蔵の法衣は緩められており、八戒は法衣の上から両脇に手をあて、まだ気を送り込んでいた。先ほど皮膚の上を滑っていったように思えたのも、八戒の気だったのだろうか。
「もう、よせ」
 さもなくば八戒が消耗してしまう。三蔵が八戒の手を振り払って身を起こすと、彼は案外素直に離れていく。その動きに合わせて唇を目で追っている自分に気づき、三蔵は急いで目を伏せた。
「ま、無事で良かったです。おかげでこんな面白いところも見つけられましたし」
「・・・・面白い?」
 怪訝そうな三蔵に、八戒は頷いてみせた。
「暗いので良くは分かりませんけど、この洞窟のどこかできっと温泉が湧いてるんですよ。だからこの洞窟だけこんなに温かいんです」
 確かに冬のさなか、それも雪が降り積もる森の中だというのにほとんど寒さを感じない。
「とりあえず、朝になるまで此処にいましょう。敵の皆さんは悟浄と悟空が片付けてくれるでしょうし」
 そして、八戒は困ったように笑い、付け加えた。
「実は、結局崖の上にあがれなくて貴方と一緒にかなり滑り下りちゃいましたからね。番小屋に戻ろうっていっても、今一つ道が分からないんですよ」
 三蔵は天を仰ぎたい気分であった。気を失う直前に乏しい月明かりで見ただけだが、あれはかなり険しい崖だった。それを大の男一人を抱えて降りたというのか。
「ああ、怪我とかはしてないですよ。僕、こう見えても頑丈なんで」
 会話を先回りして、八戒はにっこりと笑った。ゆったりとした笑みである。涼やかだが、あの忌まわしい教師のごとき硬さはない。
 一通り言うべきことを言い、聞くべきことを聞いてしまうと、会話はそこで途切れた。三蔵と八戒にはありがちなことである。普段はそれで痛痒を感じないのだが、今夜の三蔵は少々居心地の悪さを感じていた。いや、居心地が悪いというのは適切ではない。先程来、柔らかな炎に染まる唇が頭から離れないのだ。気と一緒に何か妙なものでも吹き込まれたのではないかと疑ってみたくなるほど、三蔵は落ち着かない気分を持て余していた。




 狭い洞窟の入口から差し込むわずかな月明かりを見上げ、八戒は低く息をついた。夜を凌ぐには実に良い場所を見つけたものだ、と内心独りごち、また息をついた。無理をすれば番小屋に戻れるだろうが、身体の冷えた三蔵に無理はさせたくない。いや、それは言い訳だ。三蔵と二人で静かに過ごす夜の貴重さに心惹かれたという方が素直である。分かっている。ただ、認めたくないだけだ。内なる炎に目を向けてしまえば、きっとそれは止めようもなく大きく燃え盛る。
 三蔵も傍らで月の明かりが差す方向を見上げている。先程から押し黙ったままだ。しかし、体調が悪いというわけではなさそうであり、単に話したくないだけらしい。
 崖で冷えきった三蔵の身体を抱えたときには、やはり恐怖で身が竦んだ。このまま意識が戻らなかったら、と埒もないことを考えては自らそれを打ち消し、八戒は一心に気を注ぎこみ続けたのである。月の光ゆえにいっそう白く映る三蔵の頬に僅かな赤味がさし、やがて目が開いたとき、八戒は心の底から安堵した。
「寒いですか?」
「・・・・いや」
 声をかけてみたが最小限の答えしか返ってこない。それが三蔵らしいと言えばらしい。
「クソ・・・、煙草もねえ」
 袂を探って悪態を吐く三蔵の姿が何処か可笑しく、八戒はくすくすと笑った。
「駄目ですよ。身体が冷えているときに煙草だなんて」
 そして、八戒はそれと気づかず、致命的な失言をすることになる。
「・・・・口さみしい、ですか?」
 一瞬、言葉に詰まったような素振りを見せた後、三蔵はおもむろに八戒の方へ顔を向けた。
「ああ、そうだな」
 腕を掴まれた、と思った瞬間、八戒は強い力で三蔵に引き寄せられていた。まだ冷たさの残る手に両頬を挟まれ、八戒は目を瞬かせた。
「・・・・三蔵?」
 三蔵の行動の意味を測りかねた八戒であったが、紫暗の瞳に灯る生々しい色に気付いた途端、驚きに目を見開いた。と同時に、ごく当たり前のことに思い至った。坊主の三蔵にも欲が芽生えるのだ。八戒自身と同様に。じわりと身体の奥が溶けるような感覚が八戒を貫く。
 今度は明確な意図を持って、八戒は目元を緩めた。
「口さみしいんでしょう」
 三蔵は目を眇め、熱い息を吐いた。そして、思いのほかゆっくりと丁寧に唇を重ねてきた。少し荒れた、しかし柔らかな感触が炎となって八戒の体内に侵入してゆく。火炎は瞬く間に全身に広がり、内側から八戒を焼きつくそうとしていた。

 長くて短い夜の始まりである。

 押しつけられるだけの唇に我慢できずに舌を這わせたのは、八戒の方であった。それを合図にしたように、口づけは深いものとなり、二人は互いの唇を食み合い、舌を絡め合わせた。
 その間、四本の手は休むことなく動き、互いの衣服を緩めあっていた。素肌を這う指の感触がえもいわれぬ悦楽をもたらし、八戒は深く息を吐いた。そのうち指だけではなく、ざらつく舌も肌を弄ってゆく。与えられる感覚の強さに身をくねらせ、こらえることなく声をあげれば、煽られたのであろう三蔵の息は荒くなり、手の動きは激しさを増した。
 目も眩むような刺激に悶えつつ、八戒も目の前の白い肌に手を伸ばし、必死に舌を這わせた。三蔵の顔が快楽に歪む様を見たかったからであり、自分だけが踊らされるのがいささか悔しかったからでもある。
 二人は躊躇いなく互いを咥え合い、貪りあって、快楽に身をゆだねた。二人の吐く荒い息以外に物音一つしない洞窟の中で、三蔵と八戒は何もかも忘れて互いを高めあい、極めあった。
 白くかすむ意識の中で、八戒は体内に侵入してくるものを感じた。痛みに負けて身体を投げ出しても、侵入者はひるまず体内を犯し続ける。そのうち、痛みを凌駕する悦びを身体が訴えるにいたり、八戒は地面を掴み身体を震わせて何度目かの絶頂を迎えた。
「・・・・・う・・・ぁ」
 ずるりと身体から引き抜かれていく感覚に歯を食いしばって耐えたかと思えば、今度はさらに質量のあるものが打ち込まれてくる。翻弄されすぎてもう声も出ない、そう思っていたのだが、息を逃がそうと開けた口からはひっきりなしに喘ぎ声が漏れてきた。背後から聞こえてくる三蔵の息遣いも、次第に切羽詰まったものとなってゆく。
「あぁ・・・また・・・ッ」
「・・・くッ」
 何度も訪れる頂点に慣れることもできず、八戒は声をあげ続け、体内を暴れまわる三蔵の存在を身の内に刻みつけていた。




 翌朝、空は見事に晴れ渡り、美しい白銀は眩しく眼を射るほどの輝きを見せていた。番小屋の前には、悟浄と悟空が座り込んでおり、悟空の肩の上にはジープが止まっている。皆で八戒と三蔵と待っているのだ。
「あ、三蔵! 八戒も一緒だ!」
「キュー」
 目ざとく二人の姿を発見した悟空は、飛び上がって喜んだ。ジープも宙をくるくる回って嬉しそうだ。
「おーい、さんぞー! はっかいー!」
 嬉しそうに走って行った悟空とその背を追って飛ぶジープを眺めつつ、別の意味で目ざとい悟浄は、やれやれといった様子で唇の端を吊り上げた。
「まーた、えらくスッキリした顔しやがって」
 色々出しまくった勢いでしばらくは二人とも機嫌よく過ごしてくれりゃあいいんだが、と独りごちた悟浄であったが、このあとすぐ、三蔵に向かって訳知り顔にニヤついた途端に銃弾三発を食らうことになるのであった。








―了―
「竹箆(しっぺい)」様にて50001hitを踏んだ時のニアピン賞リクエスト品♪
リク内容は『お初♪』・・・久し振りのキリ番で浮かれていたと見えます自分(^_^;)。
こちらの八戒さんは、天然系から策士まで、白黒灰色とりどりで、作品ごとの面白さがあります。
また、金天やパラレルも充実していて、見応え満点のサイト様です♪
anpavc様、本当に有難うございました!



「常連です!」という方も、「自分行動範囲狭いモンで;」という方も、読んだらぽちっと↑
同志の輪を広げましょう♪