いつもなら騒がしいはずの夕食時。
今日は重苦しい沈黙があった。
いつも四人でとるはずの食事。
今日は三人・・・・
ぽっかり開いた一つの席・・・・
悟空さえも静かにしている。
重い重い沈黙・・・・
事の起こりは今日の昼間。
まだ明るい時間ではあったが・・・
生憎天候が悪く、山道に入りジープでの走行が不可能となり一行は徒歩で
西へと進んでいた。
その時地鳴りのようなものが聞こえ、いつもの刺客来襲かと誰もがため息ながらに
息をつき、身構えた。
しかし、襲ってきたの刺客ではなく、自然災害であった。
もともと一人通るのがやっとの道幅しかないような山道。
いつ崩れてもおかしくはなさそうな道ではあった。
強い雨のため弱くなった地盤が崩れ上空からは土砂が降り落ちてくる。
「チッ!」
三蔵は舌をうち掛けだす。
そのときに並んでいた順番通り。悟浄、八戒、そして悟空と後を続いた。
土砂に巻き込まれぬように必死で走る。
自分達の足元もどんどん崩れていく。
最後を走っていた悟空の時には地盤は最悪なものだった。
そして・・・・
「うわっ!!」
「悟空!!」
悟空の足元が崩れ、谷底に落ちかけたその時。
八戒は咄嗟に後ろ向きに手を伸ばし、悟空の腕を掴んだ。
しかし・・・
「八戒!!」
無理な体勢であったことと、足元が崩れたことで、八戒までも谷底へ落ちかけた。
「上手く着地してくださいね」
悟空にそういうと彼がその言葉の意味を理解するより間早く、八戒は悟空を上に向かって
放り投げた。
八戒の手が離れ、自分が上に向かって投げられたとき・・・
悟空は初めて彼がなにをしたのかを理解した。
「八戒!!」
何とか悟浄たちのいる道にしがみつく事に成功し、悟浄に手を借りて道の上に
戻る。
「走るぞ猿!」
「待てよ!八戒が!!」
「今は無理だ!お前が今ここに残ったら、八戒のしたことの意味がねえんだよ!」
「・・・・・・」
悟浄の言葉に黙り込んだ悟空に、低い声が聞こえた。
「行くぞ」
そう言って走る三蔵の表情は見えなかった。
悟空は一度彼の消えた谷底を振り返ると、何かを吹っ切るように走り出した。
そして、山を抜け、そこにあった町の宿に入ったのだった・・・・
外はまだ降り続く雨。
この雨では探し出すことはおろか、あの山に入ることすら自殺行為である。
悟空は自分のせいで八戒が落ちたのだと酷く落ち込んでいた様子で・・・
悟浄は彼がいないことへの違和感を感じ・・・・
三蔵は・・・
不幸中の幸いなのか、この宿では全個室。
三蔵は無理やりに食事を済ませると、さっさと部屋に引き上げた。
「・・・いやな雨だ・・・」
苛立たしげに煙草を取り出し・・・
「チッ・・・」
最後の一本。
買い置きを捜しても何処にはいっているのか分からない・・・
全てこう言ったものの管理は八戒にまかせっきりだった。
三蔵の煙草が切れかけたときにはすぐに出しておいてくれていた。
喉が渇いたと思えば、差し出されたコーヒー・・・・
何気ない日常だった・・・
当たり前にいて、当たり前になっていたこと・・・当たり前だった思い・・・
気がつけば・・・
全てが当然のように思われていた日常・・・
彼を大切に思うことすら・・・当たり前のようになっていた・・・・
ガンッ!
三蔵は何も言わずに窓枠を殴りつけた。
立て付けの悪いぼろい宿だったから・・・
少しでていた釘に引っ掛けたらしく、血が出ていた・・・
「痛てぇ・・・・」
今ごろになって・・・痛い・・・・
あの高さとこの天候・・・
無事でいるだろうか・・・どこかでやり過ごしているだろうか・・・
あっという間に煙草は短くなり、もみ消された。
苛立つ気持ちを隠しもせず、三蔵はただ降りつづける雨を睨みつづけた。
「やっちゃいましたね・・・」
大木の下で雨を凌ぎながら、八戒は上を見上げた。
不幸中の幸いであったのはこの木だった。
この木の枝がクッションの代わりとなって致命傷は免れた。
けれど・・・
八戒は自分の左足を見る。
木の枝がクッションになった変わりに、それが凶器ともなった・・・・
枝が刺さり、血がなかなか止まらない。
取り合えずの応急処置は施し、何とか止血にも成功した。
「幸い折れてはいないようですけどね・・・」
自分の状況をそんな風に冷静に分析する。
折れてはいないがきっと皹がはいっているだろう・・・まああの高さから落ちてこれだけの怪我ですんだ のであれば随分と運がよかったのではないだろうか・・・
「問題は・・・」
どうやって彼らのもとに戻るか・・・だ。
「心配してますかねえ・・・」
悟空のことだ・・・落ち込んでいるかも知れない・・・
お腹すかしているかもしれない・・・
悟浄はきっと心配している・・・
なんだかんだいって優しい彼のことだ・・・
三蔵・・・
「あ・・・煙草・・・」
買い置きしてある煙草・・・入っている場所、教えればよかった。
きっともう無くなっている事だろう・・・
「怒ってますかねえ・・・」
ぼんやりと考えて目を閉じた。
なんとかして彼らのもとに帰らなくては・・・
雨音に心流されぬよう、八戒は左足を引きずりながら歩いた。
この谷から出る道を捜して・・・・
三日後・・・
まだ彼らは宿にいた。外は降り続く雨。
この雨では八戒を捜しにいくことすらできない・・・
三蔵の苛立ちは留まるところを知らなかった。
当たり前の日常が壊れた今、三人の気持ちはただ一つのところに位置していた。
八戒が帰ってくること。
宿の人間や、泊り客に尋ねたところで八戒を見たものはいない。
「あの谷から落ちたなら・・・」
という答えが返るばかりだった・・・
三蔵はその言葉には聞く耳を持たないようであった。
それは、彼が生きていると信じていたからか・・・それともそんなことを思いたくないだけなのか・・・それ は三蔵自身にもわからなかった・・・
ただ天気の回復と、彼が無事であることを祈るのみの日々が続いた・・・
こんなに長く辛い日々があっただろうか・・・
失ってからはじめて気がつくものがあるという・・・
本当に大切なものは失わなくては分からないとも言う・・・
宛がわれた自室で苛立たしく空を睨みつけ、懐に手を入れ舌を打つ。
そうだった・・・煙草は切らしていた・・・
「どうぞ」
突然差し出された煙草と、ずっと聞きたかった声。
信じられないようにゆっくりとそちらを見れば・・・
ずぶ濡れで・・・何処をどうやって歩いてきたのか・・・
「・・・そんな幽霊でも見るような目、しないで下さいよ」
苦笑交じりに笑う彼がいた・・・
いつも傍にいた人・・当たり前のように・・・・
当たり前のように、愛していた人・・・・
「鍾乳洞を見つけたんです」
「・・・・・」
「ずっと歩いていたら、この町の神を祭る祠と繋がっていたんです。多分この町の方も知らないでしょう ね、立ち入り禁止になってましたから」
のんびりと事の経緯を話す。ずっと聞きたかったその声で・・・
濡れる事も構わずに、三蔵は八戒を抱きしめた。
その存在を、しっかりと感じ取りたかったのかもしれない。幻や、夢ではないと・・・
「濡れちゃいますよ」
返事を返すこともせず、ただ痛いほどに抱きしめてくるその人に・・・
彼がどれだけ心配していてくれたのか・・・・痛いほどに分かった。
安否も分からず、帰って来る保証のない相手をただ待つほど辛いことはない。
だからこそ・・・
「すいません・・・三蔵・・・」
でも、嬉しかった。
ここまで、自分を思ってくれたこと。思ってくれていること・・・
「よくこの部屋が分かったな・・・」
他の二人が一緒でないことからも、彼が真っ先にここにきたことが分かった。
「貴方は探しやすいんですよ」
抱きしめた腕の力は緩めずに・・・
いつもの口調、いつもの声、一週間にも満たない日数だったはずなのに・・・
こんなに懐かしく感じる。
「三蔵・・・」
名を呼ばれるだけで・・・
「八戒・・」
名を呼ぶだけで・・・
そこにいる、手を伸ばせばそこにいる・・・
それでいいと、それだけでいいと思えるのはきっと・・・
誰よりもお前を愛している・・・
それが全て。
失う思いをまた味わって、気づく大きなもの・・・
もう気がついたから・・・分かったから・・・
もうなくさない、繰り返さない、
誰よりも、何よりも大切だから・・・当たり前なんかにしたくない。
時がもたらす馴れ合いに流されないで・・・
そう、誰より貴方を・・・・
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―了―
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「Freebule」(閉鎖)様にて50000hitのキリ番を踏んだ時のリクエスト品。
リク内容は『八戒さんが三蔵様達の前からいなくなる』。いえもちろん最終的には戻って来ますが。
再開した時の八戒さんの様子がとてもらしくて好きです♪
河村くるみ様、本当に有難うございました! |

「懐かしい!」という方も「こんなサイトあったんだ」という方も、読んだらぽちっと↑
同志の輪を広げましょう♪ |