有り難き戴き物です♪







ふと。
気づくと見つめられていると感じはじめたのは何時の頃からだろう。
(なんだかなぁ・・・)
マグカップ片手に八戒は苦笑した。言いたいことははっきりと口にする人だと思っていたから、正直これは意外だった。
三蔵は遠まわしな表現を嫌うから。
言いたいことはたとえ氷のような言葉でも口にする。オブラートに包んだような甘いことは言わない。
それが三蔵の誠実さであり、真っ直ぐな心なのだと気付いてからは随分と経つ。
本人の前でそんなことを言おうものなら一生口をきいてもらえそうにないので、けして口にはしないけれど。
これも同じだ。
何です?と聞いたら絶対に口を割らない。他人に自分の心情を覗かれるのを嫌うのもまた三蔵の性格のひとつだった。
(なんだかなぁ・・・)
そして今日も感じる視線。気づかないふりを装って、八戒はひとつ溜息を漏らした。

最近八戒の姿を見ることが多くなった、と三蔵は思った。
一緒に旅をしていて宿では八戒と同室になることが多いのだから、当たり前と言えば当たり前のことなのだけれど、そうではなくて。
たとえばコーヒーを渡される時。以前なら声を掛けられても置かれたコーヒーに手を伸ばすだけだった。
それが最近は顔を上げるようになり、その顔を見るようになると、八戒は意外そうな表情で目をまるくし、次いで微笑んだ。
その笑みが他二人に向けられるものと同じものなのだと気づいて、腹が立ったことも覚えている。
何故、と思い始めるともう止めることなどできなかった。
気づけば八戒の行動を目で追っている。その一挙一動に目を奪われている。
悟空の世話を焼く時に、女性的な部分はまったくないのに母親のような微笑を浮かべることや、悟浄といる時に22歳の青年らしい表情を浮かべること。
暗い過去を背負っているのに常に背筋を伸ばして立っていること。自分で作らせた義眼が実は左の目と微妙に色合いが異なることに気づいたときには、さすがに自分自身にうんざりした。
それだけ熱心に見つめているという事実。否定しようにも否定しきれない心。
この感情が何を意味するのか、おそらく心は答えを知っている。師・光明三蔵法師に向けた思慕とそれは似ていて、その実まったく違うものだ。わかっている。
けれど――――だからと言って何が出来るというのだ。
八つ当たりに近い感情で三蔵はイライラと煙草に火をつけた。

「『吸いすぎは体に毒ですよ』―――って声が聞こえそうじゃねぇ?」
宿の一室。目の前の椅子に腰掛け、にやにやと悟浄は言った。八戒と悟空は買出しに出ていていない。
何故こいつと留守番なんだと思うと、それだけで苛立ちが募る。
「テメェみたいなのといるからだ」
まだ長い煙草を灰皿に押し付け、仕切りなおすように新しいものい火をつける。
長くなった灰を前屈みになって灰皿に落とし、悟浄は性質の悪い笑みを浮かべた。
「えぇー、俺のせい?いやぁーん、八つ当たり?」
「・・・やめろ、気色ワリィ・・」
「八戒のせいだろ、言ってみれば。俺に言わせると、それも八つ当たり」
打って変わったような声音。思わず視線を上げれば、口元にシニカルな笑みをはいた悟浄が三蔵を見ていた。その真摯な双眸。
実は一番いい加減なこの男が、一番世話焼きなのだとは知っていた。俗に言う『余計なお世話』だとは思っているが。
「・・・何が言いたい」
低く三蔵は呟いた。視線をそらし、悟浄がハイライトに火をつける。
「伝える気がないんならあいつを困らせんなってコト」
「―――――」
不本意なことに言葉がなかった。睨みつけるような紫暗を見ないまま、悟浄が紫煙を吐き出す。
「やっぱ親友としては心配っしょ?―――幸せになって欲しいし」
それが悟浄の本音だと三蔵は気づいた。真摯な眼差しが語る言葉が、その部分だけひどく祈るように聞こえたのは勘違いではないはずだ。
そこにひそむ感情の真実まではわからないけれど。
「言われるまでもねぇな」
呟いて立ちあがった。衣を翻して外へと向かう三蔵に、悟浄は何も言わなかった。そのままパタンと扉が閉まる。
「・・・馬鹿みてぇ・・」
一人残された部屋で呟かれた言葉が誰に向けられたものなのか。答えは紫煙にまぎれ、そして消えた。

『まだ買うものがあるから先に帰ってていいって言われたんだ』
宿を出てすぐに出くわした悟空は一人だった。いっぱいと呼べるほどの荷物ではなく、あまり負担にならない程度のそれに、八戒の気づかいが伺える。八戒の行方を聞けば、『あっち』と郊外の方を悟空は指した。西の方向。
正直、三蔵は首をひねった。この街のすぐ西側には川が流れているはずだ。そして、ここの市が立つのは東の通り、と宿の主人に確認していた八戒の姿を覚えている。西の通りは民家などが連立していて、買い物には向きそうにもない。けれどそちらに八戒は向かったという。
(何してやがる・・・・)
イライラと、だが確実に三蔵は川に向けて足を運んでいた。
街の地理も知らずにやり込められてしまう悟空の馬鹿さ加減にも腹が立つが、もっと腹立たしいのは八戒の行動だ。
たまに、本当に極稀にだが、八戒はそうして行方をくらませる。と言っても短時間で、それが4人で行動する中でのプライベートな時間と言ってしまえばそれまでだろう。悟浄と違って八戒は遊び歩かない。だからこれは許容範囲だといわれればそれまでだ。けれど三蔵は納得しない。―――できない現実に、もううんざりするのを通り越して呆れるばかりだ。そこまで自制のきかない自分が。
溜息を吐き出し、三蔵は川を見おろすように辺りを見渡した。
川は大河と呼べるほど広くはなく、けれど向こう岸まではかなりあった。水の豊かな土地だけあって、川辺には草が生い茂っている。
春だけに色とりどりの花も風に揺れていた。その間。
傍らに荷物の詰まった紙袋を置いて、八戒は寝転んでいた。モノクルさえはずして空を仰ぎ、眠っている。
柔らかに水気を含んだ風にこげ茶の髪がさらりと揺れた。
「・・・何してんだ」
低く抑えこんだ声に答えはなかった。穏やかな寝息だけが耳に届く。すぐそばに屈みこんでも反応はなかった。珍しい。
他人の気配に敏感すぎるほど敏感な八戒にしては非常に珍しいことだった。たとえ共に旅をする仲間内でさえも例外ではないというのに。
だから八戒の寝顔というものを見ることは非常に珍しい。正直、今まで見たことはなかった。
端整な顔立ち。伏せた睫は長く、白い肌に影を落としていた。いつも静かな微笑を湛えた翠緑の美しい双眸は深く閉ざされて見ることはできない。大人びた表情の抜けた八戒の寝顔は、年齢よりも幼く見えた。そして唇。
優しい言葉とトゲが3:7の割合で吐き出される唇は薄く、紅い。
小さな寝息だけを紡ぐ唇が薄く開いている。まるで誘うように。
何も考えていなかった。どうしてそう思えたのかなど、考えようともしなかった。
惹かれたようにそっと、三蔵は口づけた。瞳を伏せ、掠めるように、触れるだけの口づけ。
そよぐ風に促されるように唇を離し、三蔵は眉を顰めた。翠緑の双眸と目が合う。
「・・・起きてんじゃねぇか」
「え・・と・・。いきなり起きて驚かそうと思っていたんですけど・・・」
三蔵が来た時から起きていたらしい八戒が誤魔化すように笑った。が、自分を見つめたまま黙りこんでいる三蔵に、八戒もまた口をつぐむ。沈黙が、降りた。
川のせせらぎが沈黙を埋めていく。風が駆け抜け、頬を撫でた。その風よりも柔らかに、三蔵の手が八戒の頬を撫でる。優しい感触に八戒は目を伏せた。
吐息が細く絡み合う。唇が触れ合って、温もりを分けた。深く、ただ唇を合わせて思考が止まる。髪を梳く手に八戒は目を開けた。至近距離で交わる、視線。
「・・・どうしてって・・・聞いてもいいですか?」
「聞くな」
笑いを含んだ問いは渋い声に遮られた。首を傾げる八戒に、眉を顰める。
「わかってるなら聞くんじゃねぇ」
「わかりませんよ。言ってくれなきゃ、わかりません」
くすくすと笑う八戒から、嘘だということはすぐにわかる。遊ばれているような気がして腹立たしい。
本来の自分ならそうまでして何かを欲しがることなどしなかっただろう。けれど、それでも、と望む心。
見つめてしまう――――想い。
「――― 一度しか言わねぇ」
低く宣言して耳元に口づけた。そして囁く、一度きりの睦言。
「――――ありがとうございます」
嬉しそうに呟く八戒を綺麗だと思った。誰にも見せずに閉じ込めたいと思わせるほどの笑顔。
「・・・そんな顔、他の奴に見せたら殺す」
今だに相手と唇が触れ合わんばかりの距離で三蔵は言った。一瞬目をまるくした八戒が、にこりと微笑む。白い腕が抱き寄せるように三蔵の背に回された。
「あなたも、他の人をあんな目で見ないでくださいね」
「・・・何がだ」
「僕を見ていたときの視線ですよ」
誤魔化さずに言うと三蔵がまた表情を渋くする。それでもそらされない視線。
求めるように真っ直ぐな熱い眼差し。そんな目を向けられて断ることなんて出来るわけがないのに。
「好きです、三蔵」
「――――あぁ」
笑み。おそらく自分だけに向けられるだろうそれに、八戒は微笑んだ。

願わくば。彼の視線の先が、いつも自分でありますように。








―了―
「南極探検 しらせ号」(閉鎖)様にてキリ番を踏んだ時のリクエスト品。
リク内容は『馴れ初め、寝ている八戒さんへキス♪』という・・・(悦)
頂いた時より悟浄の格好良さが感じられるようになったのは、香月が年を取ったからでしょうか?(爆)
ちなみに、メールを送った時のリク別名は『眠り姫へのキス』・・・完全に舞い上がっております(^_^;)
実は此方のマスター様は、当時も今も絶滅危惧種な8338ストでして、83でもリクを受け付けて下さったので、宜しければそちらもご覧下さいませ。



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