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short ver.
闇の中で目を覚ますと、世界は雨が降っていた。寄り添って眠るはずの人の気配も消すくらい強く、激しく。雨音の中、二人は掻き消された互いに向かって手を伸ばす。そして絡んでくる指先が、縋るのではなく、自分をこの世界に繋ぎとめようとしていることに、八戒と三蔵は夜の中、目を見開いた。
medium ver.
先ほどまで降り続いていた雨もやんだようで、窓の外も内も何の物音もしない。訪れた静けさが逆に覚醒を促したのか、三蔵は暗がりの中ぽっかりと目を開けた。
しばらく待ってみても、目は一向に闇に慣れない。雨は去っても、まだ星も月も出てはいないようだ。
三蔵はしばらくの間じっとしていたが、やがて緩慢な動作でベッドの上に身を起こした。一瞬闇を切り取って、咥えた煙草に火を移す。
ゆるゆると昇る紫煙も、三蔵の目には映らない。ため息ともつかない吐息に、眠れないんですか、と傍らから声がかかった。
「起こしたか」「いえ、僕もなんとなく目が覚めて」。柔らかな声だけが三蔵に触れた。灯りをつけましょうか、という申し出をことわり、また何度か煙草をふかす。いつもはベッドで喫煙するなと煩く言う八戒も、今夜は何も言わなかった。蛍火のように灯っては消える火に、八戒の視線が纏わりつく。
そんなことが分かるくらい静かだ、と思い、そんなことを思った自分を哂った三蔵と、思わず揺れた穂先に誘われた八戒のくす、という笑いが重なる。手がかりのないまま互いの感情がシンクロしたことに、八戒と三蔵は同時に目を見開いた。
long ver.
「な〜んか、雲行きが怪しくね?」
ハイライトを唇に貼り付けた悟浄が呟けば、三蔵が崩れた紫煙をぽかりと吐いた。
食事を終えて宿の二階へ下がった。あいにく今夜は相部屋で、さして広くない部屋にはベッドが四つ、詰め込まれている。何日ぶりかの風呂にやっとありつけるか、と思っていた三蔵一行だったのだが。
月に、千切れた雲が走っては、次々と掛かっていく。月に叢雲というやつだ。いや別に、天気の崩れと三蔵一行の風呂事情とはなんの関係もない。ただ、ちりちりと神経に障る。星がひとつ、またひとつと消えていく。夜がさらに暗くなっていくに従って、高まる妖気、襲撃の気配。
月に叢雲というやつだ。
頭上で、屋根瓦が踏みしだかれる音がした。「うぜえ」と三蔵が吐き捨てる。
撃鉄の上がる音と窓の破られる音が重なった。
部屋に乱入してきた妖怪の得物が、いきなり天井の照明を砕いた。一瞬にして視力を奪われ、低く舌打ちする音がする。襲撃者はその都度壊滅している。それなのにそれなりに学習しているらしい敵に、感心した者がいたかどうかは定かではない。
青竜刀と錫杖が打ち合い、火花が飛び散った。三蔵と悟浄は既に煙草を投げ捨てている。暗闇では、格好の標的だからだ。悟空は如意三節棍を体に引き付けて構えているが、それでも自由に振り回せるスペースにはこと欠いた。まして悟浄の錫杖は、その存在すらが邪魔だ。
妖怪の首のついでに髪の先を切り払われた三蔵が、悟浄の方めがけて発砲した。
「ちょ、何しやがるこのクソ坊主っ!」
「てめえの胸に聞きやがれクソ河童!!」
「ちょっと、こんなところでよしてくださいよ!」
「うおおおおおおおおっ」
破れ残っていた窓ガラスを叩き壊して、悟空が屋根へと血路を開いた。妖怪なんかより、三蔵たちの方がよっぽど危ない。その後に悟浄が続き、続けて窓枠に足を掛けた八戒は、後に続く気配がないことに気づいてふと振り返った。
「三蔵?」
追いついてきた雨が、屋根を叩き始めた。
「雁首揃えて行くことはねえだろ」
瓦を踏むガシャンガシャンという音が、次第に遠くなっていく。どうやら、いい足場を求めて移動したらしい。暗がりの中でやれやれというような八戒のため息がして、靴底がガラスを踏む音がそれに続いた。
「ああ、ローソクがありましたよ」
「いらん。連中が戻ってきたら面倒だ」
連中とは、どの範囲までを言うのだろうか。敵だけだろうか、それとも。明かりをつけない部屋の中で、八戒は少しばかり目を見開く。そしてせっかくだからというように、三蔵の肩に手を乗せ、自分の方へと引き寄せた。金と黒の髪が触れ合う。闇の中、三蔵はどんな顔をしただろうか。
request
【kitoriさんは、「明かりを点けない室内」で「八戒と三蔵」が「目を見開く」というお話を書いてください】/requetter 香月綾女さん
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