寮母さんは捲簾・・・嘘ですごめんなさい(汗)







 中高一貫教育の進学校、慶雲学院の学生寮。
 温かな日差しの午後、三蔵は開いた本を読むともなしに、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 5年前――三蔵が中学1年の3学期、彼を産んだ母親が病で他界して以降男手一つで育ててくれた父親が、交通事故であっけなく逝ってしまい、
 今は父の妹にあたる叔母が後見人となり、父の遺産もあるので生活に苦労しない身ではあるが、父親との思い出の多い実家は、独りでいるには辛過ぎて、
 空き部屋があったのを幸いに春休みに中途入寮の申し込みを行い、以来殆ど実家には寄り付かず、学生生活の大半をここで過ごしてきたのだ。
 そうして早5年、明日にはこの学院を卒業する。
 受験の日程などを考慮し、退寮の期限は3月末なので、慌てて荷造りする必要もない。
 ――それ以前に、さしたる荷物もないのだが。
 取り敢えず現時点で急いでしなければならないことは何もなく、手持ち無沙汰だった。

 ・・・午睡でもするか。丁度干しておいた布団を取り入れる頃だし。

 そう独り言ち、ベランダへ出た三蔵だが、眼下に飛び込んできた光景に思わず口を開いた。

「・・・何やってんだ」

 この寮棟は丘の上に建てられているので、ベランダの外側の土地は、斜面になっている。
 南側で日当たりが良いこともあってか、他の場所より芝の伸びが良く、一面緑を成していた。
 その上に、何故かレジャーシートよろしくシーツを広げ、横たわる人物。

「あ、先輩。良かったらどうです?暖かくて気持ちいいですよ」

 三蔵の声にむくりと起き上がると、湖水を思わせる碧の瞳でこちらを見上げる。
 猪 八戒。
 三蔵の1学年下ではあるが、入寮のタイミングが同じであったため寮の部屋が隣同士という事から、何かと顔を合わせることの多い青年だ。
 図書館に入り浸ることが多いところや、肉親がなく長期休暇も帰省しないところなど、三蔵との共通項も多く、人付き合いの酷く苦手な三蔵が言葉を交わす数少ない人物といえた。
 1階の部屋なので、ベランダを跳び越し、傍へと近付く。
 寮の玄関から最も遠い部屋である三蔵はベランダにも靴を置いている(つまりベランダから外へ出て通学する)のだが、シーツの上に投げ出された八戒の足元は、素足のままだ。

「何やってると、聞いてるんだがな」
「えぇと、干していたシーツを取り込もうとしたら、こちら側に落としてしまいまして。
 拾ったら戻ろうと思ったんですが、今日は随分暖かいでしょう?気持ちが良くて、つい」
「つい、シーツをレジャーシート代わりにして日向ぼっこ、か」
「先輩もここ、どうぞ♪」

 どうぞ♪じゃねーよ、と心の中で呟きつつ、それでも靴を脱ぎ、シーツの上に腰を下ろす。

「ピクニックみたいですねぇ。お菓子持って来ればよかったです」
「・・・・・・」

 最早どうツッコんで良いのかも分からない。
 そもそも、他人との接触が苦手で、近寄るなオーラを醸し出しているにも拘らず、この後輩は何かと自分を頼りにしたりと、どこか懐いている節がある。
 それが煩わしいのかというと、決してそのようなわけではなく、むしろ・・・

 むしろ・・・何だ?

 そこまで考えて、ハッと我に返る。
 今自分は、何を考えていたのか。
 これまで八戒と言葉を交わす度に、幾度となく覚えた得体の知れない感覚。
 漠然としたそれが今、何かの形を成しかけたが、頭の別の部分がそれを受け止める事を拒んでいるかのように、その感覚は再び曖昧なものとなった。

「・・・・・・?」

 ふと、隣が静かになっている事に気付く。
 見れば、いつの間にやら、八戒はその碧の瞳を閉じ、すやすやと寝入ってしまっていた。
 この陽気であれば、仕方のないことかも知れないが。

 ・・・どうしろってんだ。

 このまま八戒を一人残して部屋に戻ることも出来るが、まだ朝夕は冷えるこの季節、日が傾くまで寝ていれば、風邪を引く可能性は高い。
 かといって、気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは、何となく気が引ける。
 ――他の人間なら、起こそうと思えば蹴飛ばしてでも起こすし、風邪を引こうがそれは本人の責任だとして取り合わないだろう。
 それ以前にこの場所へ来ることもない筈だが、その点には気付かない振りをする。

「・・・八戒?」

 すぅすぅと、密やかな寝息は、三蔵の呼び掛けにも途切れず続く。
 本格的に寝入っているようだ。

「・・・・・・八戒」

 もう一度、今度は顔を近付けて呼び掛ける。
 八戒が起きる気配は、ない。

「・・・・・・八戒」

 更に顔を近付ける。今度は、囁くように、起こさないように。
 ――起きない事を、確認するかのように。

「・・・・・・・・・」

 自分でも、何故そうしたのかは解らない。
 気が付けば、かすかに開かれた淡い色の唇に、己のそれを重ねていた。
 初めて触れたそれは、今まで食したどんな食べ物よりも柔らかく、どんな菓子よりも甘くて。
 もっと欲しい、そう思う心のままに、2度、3度繰り返し啄ばむ。

「・・・・・・・・・」

 押し付けた唇の下から僅かに洩れ聞こえた声ともいわぬ声に、三蔵はハッと身を起こした。

 俺は今、何を――・・・?

 慌てて横たわる八戒から距離を置き、俯いたせいで顔に掛かった髪を手早く撫で付ける。
 早まる鼓動を何とか落ち着かせようと、視線を木々やフェンスへと彷徨わせ、極力彼の顔を見ないよう努める。
 そこへ、

「・・・・・・先輩?」

 寝起きの者特有の、少し喉に絡んだ声が自分を呼ぶ、その事に、収まりかけていた動悸が、努力の甲斐もなくぶり返す。
 自分でもどうすれば良いのか訳が判らなくなり、掠れ声だったのを良いことに聞こえなかった振りをするが、

「・・・先輩、こっち向いてくれますか?」

 追い討ちを掛けるような、八戒の懇願。
 最早聞こえなかった振りは出来ず、精一杯の平静を装って彼の方へ顔を向けた時、

「・・・・・・・・・っ!?」

 目の前が翳ったと思うと同時に唇に伝わった、甘く柔らかな感触。
 それは、先程何度も求めたものと同じ――

「お、前・・・」
「・・・好きです」

 その言葉は、三蔵がずっと持て余していたもやもやした思いで覆い隠されていた心の中心に、ストンと落ちてきた。
 そう、それこそが、自分でも判らなかった自分の気持ちの正体。
 そして――

「本当は、ずっと言わないでおこうと思ってたんですけど、さっき、先輩が僕に・・・」
「・・・っ!」

 先程、三蔵からキスを仕掛けた時、八戒は目を覚ましていたという事、そして八戒もまた自分を想っている事に、三蔵は動揺を隠せない。
 そんな三蔵に、八戒は少し不安げに、

「迷惑・・・でしたか・・・?」
「いや・・・逆だ」

 八戒からの告白に狼狽こそしたものの、両想いと判れば立ち直るのも早い。
 自分を見上げる後輩の顎に指を掛け、今度は堂々とキスを。
 綻び始めた桜の花が、若い2人を祝福していた――








 翌日、卒業式の朝、三蔵の部屋を八戒が訪れた。

「先輩」
「八戒・・・どうした?」
「卒業おめでとうございます・・・それで・・・あの、これを」

 差し出されたのは、制服のネクタイ。
 三蔵達の学校の制服はブレザーなので、いわゆる第二ボタンの代わりに、ネクタイを交換する風習があるという。

「普通は式が終わってから交換するんですが、僕は在校生ですから・・・」

 片付けなどに追われている間に、他の人間に先を越されかねない。
 三蔵本人は知る由もないが、その顔立ちと存在感故に彼に想いを寄せる者は、男女問わず少なくないのだ。

「ということは、お前はあと一年、俺のネクタイを着けて生活するわけだ」

 ネクタイのデザインは学年問わず同じなので、不具合は生じない。
 自分の物を想い人が身に着けるという、ある意味所有の印を付けているに近い行為に、知らず、三蔵の口の端が上がる。

「ちょっと恥ずかしいですけど・・・嬉しいです」

 頬を染める後輩が愛おしく、三蔵は衝動に駆られてその唇を塞ぐ。

「せっ、先輩!」
「俺は今日でこの学校を卒業する。もう、先輩と呼ぶ必要はねぇ。
 『三蔵』と呼べ、いいな?」
「え、あ、その」
「それから、来年、お前が卒業する際には迎えに来る。
 俺の実家にお前も住め」
「え、え、えぇ!?」
「本当はこの春休みに一緒に引越したいくらいなんだが、お前の受験勉強の妨げになりそうだから、1年は我慢してやる。が、それ以上は無理だ」
「先輩・・・」
「『三蔵』だ」

 言わねぇと、ずっと口を塞ぎ続けるぞ?と性質の悪そうな笑みを浮かべる三蔵に、八戒は耳まで赤くなったのだった。








 そして季節は巡り、1年後。
 約束通り、三蔵は卒業したばかりの八戒を迎えに来た。

「三蔵・・・1年間、お待たせしました」
「あぁ待ったさ。自分にしちゃよく辛抱したもんだ」
「フフ・・・えぇと、月並みですけど・・・不束者ですが、宜しくお願い致します」
「・・・・・・あぁ」
「それじゃ、行きましょうか」
「行くんじゃねぇ、『帰る』んだ」

 ――『俺達の家』へ――








―了―
あとがき

や、これ実は香月が2012年4月7日に実際に見た夢を基にしております。
しかもssの内容同様夢の中でも三蔵様視点で、すなわちキスする辺りも寝ている八戒さんに顔を近付けて・・・という感じで、攻めホ○視点で夢を見るって女子としてどーなの、な。
ちなみに彼らの学生服は愚弟の高校(紺ブレザー+紺と碧の縞ネクタイ)をイメージ。すまん愚弟よ、お前の制服をホ○ネタに使っちゃって(^_^;)。



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