寺院時代は38の原点なんです(力)







 ザアアアアァ――――・・・



 雨が降ると、些細な事が神経に障る。
 ノイズのように頭に直接響く雨音。
 雨の日特有の、湿った空気。
 いつもより筆の滑りの悪い紙。
 乾きが遅い墨――書き終わっても、なかなか書類を畳めない事が、更に苛立ちを呼ぶ。
 そんな時、執務室の扉の向こうから聞こえてきた音。
 慌てたように廊下を駆ける足音に、眉間のシワが深くなるのを禁じ得なかった。
 ここは、曲がりなりにも東方最大級の寺院だ。
 その廊下を、足音がここまで聞こえるほど形振り構わず走る――となれば、そうさせる原因として、心当たりは一つしかない。

「も、申し上げます三蔵様!」
「・・・猪悟能か」

 息を切らせて入って来た僧の言葉を遮り、掛ける言葉は質問ではなく確認。
 要件など、皆まで聞く必要もないし、そんな時間もない。
 扉の前でまごついている僧を押し退けるようにして、部屋を出た。
 向かう先は独房――大量虐殺犯猪悟能の収監場所。
 ここでもまた、見張り役の僧が顔面蒼白でこちらに縋るような視線を送るのが、酷く煩わしい。

「さ、三蔵様・・・あの」
「退け」

 雁首を揃えながら、こいつらはクソの役にも立たない。
 怒鳴りつける労力も惜しくて低くそう命じれば、相手はヒッ、と短く叫んで飛び退いた。
 普段は鍵が掛かっている扉だが、今はそうではない。
 それを勢い良く開けば、

「!・・・・・・」

 そこに充満していたのは、雨の匂い。
 屋外、ではない。れっきとした独房の中だ。
 それを忘れそうになるのは、窓から絶え間なく降り注ぐ雨の所為だろう。
 ここの窓は、内側に鉄格子が嵌められ、窓の鍵も開けられないように造られている。
 その開かない筈の窓から両の手を差し出し、雨露をそこに受け止めている1人の青年。
 ――この状況を作り出した、諸悪の根源。

「手枷で、窓ガラスを破ったのか・・・」

 更に独房を見渡せば、椅子は倒され、与えられている本は殆ど全て床に落ちている。
 常日頃、読書を好む彼らしくない光景だ。
 普段、その犯した罪が信じられないほど、大人しく日々を過ごす彼。
 ――だが、雨の日になると、その様子は一変する。
 誰かを傷付ける事はしない。代わりに、暴れ、壊し、自分を傷付ける。
 自殺未遂の回数も、1度や2度ではない。
 今回も、虚空に差し出された手には、ガラスで切った傷が生々しく、
 雨水と共に伝う血が、シャツの袖を紅く染めていた。
 取り敢えず、役立たずの僧に必要な物を用命し、この厄介者を窓から引き剥がす。
 自分が来た事に驚く様子はない。
 それどころか、一切の表情はなく、その眼は酷く虚ろだ。
 恐らくは、何も見ていない――唯一つ、過去の罪だけしか。
 程なくして持ち込まれた救急箱を開き、応急処置を施す。
 この青年がここへ来てからというもの、随分と板についてしまったのが、我ながら腹立たしい。
 これまた役に立たない窓ガラスは、外から油紙を貼り付けさせるしかないだろう。

「・・・雨音が、煩くて」

 ぽつりと、
 それは誰かに聞かせるというよりは、殆ど独白に近い呟き。

「あの日も、雨が・・・窓の向こうから、雨の中から、花喃が、呼んでいる気がして・・・」
「・・・誰も、お前を呼んじゃいない。雨音は、只の雨音に過ぎん」
「ここにいる僕を・・・今もまだ生きている僕を、呼んでいて・・・」
「呼んでなどいない。お前自身が、そう思っているだけだ」
「早く、行かないと・・・花喃が、呼んで、花喃、が、あ、あぁ――あああぁあぁぁっっ!!」
「っ――!!」

 狂気の揺り返しに、悟能の目が見開かれる。
 再び破壊行動に走るため振り上げられた両手に、自分でも思いもよらない行動に出た。

「・・・・・・・・・っ!?」

 手枷の着いた両腕が上げられた瞬間、その懐に入ったのだ。
 手が降りると、自分の身体は悟能の身体と手枷で閉じ込められた形になる。
 幾ら細身と揶揄されようと、成人男性の身体だ、手枷の鎖の長さは左程ないため、抱え込んだ状態になると、腕を動かすことは叶わない。
 こちらからも相手の背に手を回し、宥めるように静かに抑え込むと、暫くじたばたともがいていたが、やがて力が抜け、こちらに凭れ掛かってきた。
 高ぶっていた感情の波が引き、緊張の糸が緩んで意識を失ったらしい。
 その目は閉じられ、目尻に一筋、光るものが見える。

「・・・・・・」

 指でそれを拭おうと思ったが、この体勢では自分の腕も動かし辛い。
 だから、というわけではないが、

「・・・・・・」

 唇を寄せ、そっと舐め取る。
 塩味と、雨の味が、舌の上で混ざり合った。








 この感情の正体も、付けられる名も、
 今はまだ知らない――・・・








―了―
あとがき

短っ!そして薄暗っ!!(爆)
しかも38ストなら誰でも手掛ける悟能勾留時期。っていいますか38になってない!(今気付いた)
や、何といいますか、このくっつく前の微妙な距離感とか!想いのズレとか!
ビバ寺院時代という香月の個人的趣味によるものです。つーか布教したい(笑)。
あー、でも内容は何処にでも転がってそうな代物で本当に申し訳なく(T_T)。



読んだらぽちっと↑
一言メッセ・長文感想大歓迎♪