結局かまどじゃなくオーブン使ってるよね(笑)







 『今日は飲み会で帰り遅め。さっぱりしたデザート希望♪ 花喃』



 黒板に書かれた文字を前に、八戒は呟いた。

「やれやれ・・・飲みまくった挙句にデザートって・・・女性の胃袋って謎の塊ですねぇ」
【なになに、飲み会ってことは、合コンですか?】
「だったら『さっぱりした』ものに限定する必要はないと思います。花喃だってそういう場所では、流石に飲み食いする量を加減するでしょうから」
【あぁ、そうですね。生憎、合コンの経験はないもので】
「・・・貴方に合コンの経験があったらそれこそおかしいですし」

 とある町のとある小さな家。
 そこに住むのは、花喃と八戒という姉弟。
 絵に描いたようなバリバリなキャリアウーマンである姉に対し、どちらかというと人見知りで非常に家庭的な弟という組み合わせのため、家事の一切は八戒が引き受けている。
 そこで生じる一つの疑問。
 先程の会話。花喃が不在である現在、誰と誰が喋っているのか?

【おやようこそこのあばら家へ。僕ですか?僕はこの家のかまどの精霊、天蓬。
 天ちゃんと呼んで下さいな♪】
「・・・誰に向かって喋ってるんですか天蓬」
【だってー、もしかしたら貴方以外に僕の声が聞ける『波長』の持ち主がいるかも知れないじゃないですか。アピールを怠ってはいけないと思って(えへ☆)】
「・・・もしいたとすれば、その人に『貴方』ごとこの家引き取ってもらって、僕達は静かに2人で暮らしたいものですよ」

 代々受け継がれてきたこの小さな家の台所。
 その中央にデン、と据えられた調理台の下。
 青味がかった鉄の扉に熱と灰で黒ずんだ煉瓦。
 今では滅多にお目に掛かることのない年代物のかまどが、なぜか陽気な声で八戒と会話しているのだ。

【それは無理です。悪い魔女をかまどで焼き殺した際、呪いを受けたんですから。
 『お前が死しても魂はこの地に留まり、我のように狭く熱いかまどに閉じ込められよう。
 お前の子孫がお前の愛する者の生まれ変わりと巡り逢うまで、そこから出ることは叶わない』
 ――と】
「で、その『お前の子孫』というのが、僕達姉弟だと」
【そう!こう言っては何ですけど、貴方達、特に貴方は生前の僕と本当に似ているんですよ】
「・・・突っ込みどころの判らないコメント有難うございます」

 このかまどの精霊曰く、大昔――かれこれ500年前、ヒトとして生きていた頃、恋人と森を散策中に魔女の住処を見つけた挙句その魔女に捕まってしまい、愛する人を食べられたくなければ召使になるよう強要されたらしい。
 逃れる期を見計らうため、最初のうちは魔女に従い、雑用をこなしていた。
 ところがある日、魔女が長年かけて集めた古今東西あらゆる内容の書物を納めた書庫を見つけた天蓬は、家事雑事どころか寝食も忘れて本に没頭し、
 その事が魔女の逆鱗に触れ、恋人共々殺されそうになってしまったのだが、
 魔女が大きなかまどの扉を開けたところを、すかさず後ろから体当たりして中へ閉じ込め、
 更には扉の掛け金を下ろしてしまえば、もう魔女には外へ出る術はなかった。
 だが、相手も然る者、腐っても魔女というべきか。
 燃え盛る炎の中、自分をかまどへ閉じ込めた人物へ呪詛を吐いたのだ。
 その言葉は、長い年月を経て天蓬が天寿を全うする頃に現実となり、
 その魂は、輪廻の渦に入ることを許されず、晩年暮らしていた家のかまどに閉じ込められた。
 そうして時が流れること早500年、彼は今もかまどと共に在るのだった。

【まあ性格はどちらかというと花喃寄りでしたかね。仕事はバリバリこなしてましたが、家事は恋人や友人に任せることが多かったので】
「・・・言わずともそんな感じはしてましたよ。
 それなのに僕に一切の家事を伝授したのが貴方という点が不可解ですが」
【そりゃあ僕、実践はしなくても知識は生前あらゆる書物から得てますから。それにかまどの精霊として、自分の子孫を良妻賢母に育てるという役割を担わされているんです】
「・・・その『良妻賢母』に育てる対象が、現在は僕であると」
【そこはほら、向き不向きというものがありますからね。ま、仲良くやっていきましょう♪
 それはそうと、花喃の要望のスイーツは出来ましたか?】
「ご心配には及びません。先程コーヒーゼリーを冷蔵庫に入れました」
 貴方と違って口だけでなく手も動かせるのでね」
【あ、可愛くない事言いますね。そんな性格じゃ恋人はおろか、友達も出来ませんよ?】
「・・・僕は花喃と違って社交的ではないので、恋人なんて・・・」



 ピンポ――ン♪



「あ、花喃だ」

 チャイムの音に、エプロンを着けたまま玄関へ向かう八戒。
 鍵を外したドアを開けると――

「・・・え?」
「・・・夜分に失礼する。ご家族を送り届けに来た」

 室内の光を弾く金糸の髪。
 紫水晶(アメジスト)のような美しい瞳。
 今までに見たこともないくらい綺麗な男性が、八戒の目の前に立っていた。
 『ご家族』と言って顎で示した背後には、

「にゃはははは〜っ、我が可愛い弟八戒ちゃーん♪」
「か、花喃!?」

 正体なく酔っ払った姉の姿。

「と、取り敢えず花喃、立てますか・・・?」
「馬っっ鹿じゃないのォ!?この状態で立てるわけないじゃな〜い・・・キャハハハハ」

 言ってる事の筋は通っているが、根本的に間違っている気がする。

「・・・差し支えなければ、ベッドなりソファなり、体勢を落ち着かせられるところまで運ぼう」
「ご迷惑をお掛け致します・・・どうぞ中へ」

 そう言いながら金髪の麗人を案内する八戒は、自分が酷く緊張している事に気付いた。

 こんなに綺麗な人が世の中にいるんだ・・・
 花喃とはどういう関係だろう?やっぱり恋人とか・・・?

 そう考えた瞬間、胸に感じる鋭い痛み。

 なんだろう、この感じ・・・凄く嫌だ。

 八戒の困惑を余所に、金髪の麗人はリビングのソファを見つけ、そこに花喃を横たえた。

「なぁにすんのよーっ、まだ全然飲み足りないわよぉっ」
「阿呆か、その状態でまだ飲む気か?」
「八戒ちゃーん、デザートあるぅ?」
「人の話を聞け!」
「花喃・・・コーヒーゼリーを作ってますから、落ち着いたら食べて下さいね。
 でも今夜は休んだ方が・・・」
「あぁによぉう、2人して私に指図するのォ?チョー生意気ねっ」

 手に負えない。
 完全な女王サマと化した花喃に、知らず、男2人は顔を見合わせ、溜め息をつく。
 ――と、

「――ちょっと三蔵。手、貸して」
「あ゛?一体何・・・」
「いーから貸しなさいっつってんでしょーがっ」

 酔っ払いに理屈もへったくれもない。
 『三蔵』と呼ばれた麗人が、不承不承という態で花喃の傍に手を差し出したその時――



 ぶちっ



「っ!?おいっ!!?」
「か、花喃っ!?何て事・・・っ」
「やーいやーい、引っ掛かったー♪」

 背広の袖口の飾りボタンをむしり取ってしまったのだ。

「すすすすいませんっ!すぐ付けますからっ。ほら花喃、ボタンを返して下さい!」
「いや、帰ってから付ければいいから・・・」
「なぁ〜に言ってんだか。貴方針に糸なんて通したことないでしょう?反対側の袖口のボタンだって取れかかってるのに、ずっとそのまんまじゃないのよぉ〜・・・アハハハハ」
「そうなんですか?ならついでですから、ここでお付けします」
「・・・・・・・・・」

 と、三蔵は溜め息をつき、背広を脱いだ。
 任せる、ということらしい。
 その仕草を見るだけで、八戒の鼓動は速くなる。

 ・・・恰好良い・・・見た目だけじゃなく、動作の一つ一つとか、体つきも・・・って僕、何を考えてるんでしょう・・・

「済まない・・・頼む」
「あ・・・はい」

 訳もなく頬が赤らむのを抑えられないまま、差し出された背広を受け取った。







なかがき

取り敢えず香月サンは某国営放送に謝った方がいいんじゃないかと(爆)
えー・・・ご存知の方なら一発で解る、『グレーテルのかまど』という番組をモチーフにしたパロディでございます。
いやあのヘンゼル君がねーちゃんねーちゃん言いまくりなもので『こいつ絶対シスコンだよな』というところから、シスコン=悟能という連想で、こんな話を(名前は八戒になりますが)。
かまど役は少々無理矢理感がありますが、あの本家様の軽快さに匹敵するならこの人、ということで。