詫びに、と出されたコーヒーゼリーは、それ自体には甘みはなく、シロップを掛けて甘さを調節出来るものだった。
市販品のように子供でも食べられるほど甘くしたゼリーは苦手なので、この方法は自分には却って有り難い。
スプーンを口に運びつつ、自分の背広を抱えてボタンを縫い付けている青年を観察する。
針を摘む指は男の割には細く、糸を通す場所を見極める目は長い睫毛が影を落とし、
余り外出はしないのか、焼けにくいタイプなのか、色味の少ないうなじが眩しいほどで、しかも頬は姉の行動に対する羞恥のためか朱が走っていて、ますます色っぽさを感じさせる。
――って、一体何を考えているんだ、俺は。
自分で自分の感情が理解出来ず、かぶりを振ったその時、
「・・・出来ました」
「早いな」
「裁縫や料理といった家事全般は僕の担当なので。あ、普段は海外文学の翻訳業をしています」
「・・・そうか」
道理で、手馴れている。
あの女が『良妻賢母』と言うのも、あながち外れてはいないわけだ。
「あ、の・・・」
「ん?」
「三蔵さん、って、花喃の・・・その、恋人とか・・・?」
・・・口に物が入っていたら大惨事になるところだった。
「・・・・・・・・・は?」
「え、だって、飲み会で潰れたのを連れ帰るって、普通はタクシーを捉まえれば済む話ですし・・・」
「そ、それはだな、お前の姉貴が・・・いや、そんな事はどうでもいい」
甘い物に吊られた、とは言いにくい。
「とにかくだ、俺はお前の姉貴の職場の同期であって、付き合っているとかじゃねぇ」
「そうですか・・・良かっ・・・!」
―――え?
青年の言いかけた言葉に、引っ掛かりを覚える。
「お前・・・八戒といったか・・・今、何て・・・?」
自分とあの女が付き合っているわけではない事を、『良かった』と言う。
この青年が極端なシスコンで、姉が誰かと深い付き合いをしているのが嫌だと、そういう意味に取れなくもないが、
手で口を覆い、耳まで真っ赤にして恥らうこの様子は――もしかすると、
そっと、怯えさせないよう青年の前に立つ。
「あ・・・三蔵、さん・・・」
「『さん』は要らねぇ・・・八戒、俺が今からすることを嫌だと思うなら、遠慮なく俺を殴れ」
言いながら、青年――八戒を、腕の中に閉じ込めた。
通常なら有り得ない――これが自分なら、相手が誰であろうと直前に殴り倒しているだろう行動。
それは、一世一代の賭けだった。
「!!っ・・・」
「・・・嫌か・・・?」
情けなくも語尾が震えるのを、抑えきれない。
そんな自分の言葉に対し、八戒から返されたのは、首を横に振る仕草。
ならば――もう、遠慮などしない。
「・・・好きだ」
生まれてこのかた、口にしたことのない言葉が口を突いて出る。
数十分前に逢ったばかりの、しかも男に対して言う言葉では決してない。
が、それら全てが、もうどうでも良かった。
八戒が、瞳を潤ませて自分も同じ気持ちであると告げる。
何処か(←恐らく脳内)で教会の鐘の音が聞こえる気がした。
「八戒・・・」
「三蔵・・・」
【もっしも〜し、八戒クン?君僕の存在忘れてますよねー?】
「「!!?」」
――本気で腰を抜かすかと思った。
声の主は、かまどの精霊だと八戒が説明する。
余りにもファンタジーなのに、彼に言われれば納得してしまう自分が笑えるが、
実際、聞こえるものは聞こえるのだから、仕方ない。
どうせ自分が男に惚れた時点で、全ての常識は崩壊してるんだ、かまどが喋ろうが鍋が喋ろうが、そう大した問題ではないだろう。
その上、このかまどの精霊とやらは、自分が八戒と結ばれる運命にあるという。
運命とやらに振り回されるのは本意ではないが、
この極上の宝石が自分の物になるというのなら、それも悪くはないってもんだ。
「おっはよー♪」
「お早う、花喃。もう大丈夫?」
「へーきへーき♪騒がせちゃって悪いわねぇ♪」
朝から陽気な声がフロアに響く。
昨日の状態からして二日酔いに襲われるかと思いきや、何ともスッキリした顔だ。
周囲に昨日の失態に対する詫びを言って廻り、最後に自分のデスクへと歩み寄ってきた。
「三蔵♪」
「・・・何だ」
・・・嫌な予感がする。
普段通り、何処となく上からな目線は、昨日の失態を詫びる顔ではない。
と、耳元に顔を近付け、極限まで落とした声で囁いた。
「私の言った通り、損はなかったでしょ?
弟のこと、責任持って幸せにしなさいよ?」
「っ!?・・・・・・」
「あぁそれと、私、実は幾ら飲んでも酔わない体質なの♪
我ながら名演技だったと思うんだけど、どうかしら?」
・・・・・・この女は・・・っ!!
「フフ、入社してからずっと、弟の相手として目を付けていたのよ、貴方のこと。
こう見えても、人を見る目はあるんですからね。
私、もう少ししたらマンションを借りる予定だから、貴方があの家で一緒に暮らせばいいわ」
「・・・・・・」
「私が手塩に掛けて育てた可愛い弟なんですからね、泣かせたら承知しないわよ?」
「・・・・・・舐めんなよ」
程なくして女は家を出、入れ替わりに自分があの家に暮らすことになった。
あの女の手の平の上で踊らされたと思うと剛腹だ(しかも彼女は今後小姑になるわけだ)が、それでも手にしたものは大きい。
ただ――・・・
【お2人さ〜んっ、休みだからって、真っ昼間からコトに及ぶのはどーかと思うんですが〜?】
「て、天蓬っ!?」
「だから寝室に入って来んなっつってんだろーがっ!」
――手に入れた碧の宝石には、忌々しい小姑だけでなく、厄介な小舅まで付いていた。
それでも手放す気は、さらさらないが。
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