大陸を二分する荒野の中心部。
背丈の倍以上の高さはある石の柱が8本、正八角形を描いて配置された、ストーンサークル。
人の手に依るものではない、自然が偶然創り出した、聖なる遺跡である。
――今夜は新月。
吸い込まれるような紺碧の宙に、真珠を散りばめたような星々が、キラキラと瞬く。
と、ストーンサークルの中央が眩く光り、光の扉を形作った。
一月に一度、新月の夜にのみ開く、精霊界と人間界を繋ぐ扉――
「・・・・・・」
ストーンサークルの外で待機していた三蔵は、その正面に立つとその場で片膝を突き、頭を垂れる。
光の扉から現れたのは、白銀の髪を持ち、真珠色の衣をまとう、月の精霊の長――『司』その人。
生みの親なれども、その立場の違い故、馴れ馴れしく名を呼ぶことは出来ない、至高の存在――
「・・・私の愛しい子・・・よく、戻って来ましたね。
貴方をヒトの世界に送り出す事が如何に不安だったか・・・さぞ苦労したことでしょう。
まずは、月晶石を――」
『司』の言葉に、三蔵は革袋を広げ、中の宝珠を差し出す。
月晶石は、意思を持ったかのように『司』の手の中に転がり込み、より一層輝きを増したように見えた。
宝珠が戻ったことに、普段表情を露わにしない『司』が、ほんの少し表情を緩めた。
――が、次の瞬間には表情を曇らせる。
「しかしながら、貴方はまだ、穢れを落とせていないようですが・・・」
「・・・・・・」
そう。
目を瞑って闇雲に振りかざした短刀は、八戒の肩を掠めただけに留まった。
そして目を開けた三蔵は、流れる血を眼にした途端、短刀を取り落とし、その場から走り去ったのだ。
そして、今に至る――
「・・・出来なかったのです」
ぽつりと、呟く。
「精霊宮に戻るためには穢れを落とさなくてはならない事も、その為にすべき事も、重々承知しておりました。
けれど、私にはどうしても、あの者を手に掛けることが出来なかったんです。
あの者の傍にいるのが苦しくて、でも姿が見えないのはもっと苦しくて、
自分の事なのに、自分の心が自分でも理解出来ないんです。
――教えて下さい。私は、どうすれば良いのでしょうか?」
苦しみを吐露する己が末子の声を、『司』は静かに聴いていた。
聴き終わると、穏やかに告げる。
「――お行きなさい」
「・・・・・・」
「追放するのではありません。貴方の罪は、雪がれました。
そして貴方は、貴方のいるべき場所を見付けたのです」
「・・・・・・」
「さあ、行きなさい・・・行って、幸せにおなりなさい。
貴方には、その権利があるのですから――・・・」
南西の空の上弦月が、存在を主張し始める黄昏時。
八戒は、町の西外れの丘に立っていた。
頭上に広がる黄昏の空と同じ紫暗の眸を持つ人物と別れてから、ほぼ毎日のように此処に足を運んでいる。
我ながら女々しいことだと、自分でも笑ってしまう。
解っている――初めて出逢ったあの日から、彼の人物に心奪われたと。
再開した時すんなり宝珠を返さなかったのも、幾度となく揶揄うような態度を取ったのも、全ては想いの裏返しだ――幼い子供が、好きな子に意地悪をするような。
「・・・僕って、案外純真だったんですねぇ」
「何処が」
「そりゃ、好きな相手に『好き』と言えないところが――って、え?」
声に答えて初めて、背後にいる人物の存在に気が付いた。
金色の髪、紫暗の眸。
普段透けるように白い肌が、頬だけ紅潮しているのは、走って来たからだろうか。
再び会えたと喜ぶ一方で、何故戻って来たのかと訝る。
「・・・月晶石は、在るべき場所に戻した」
「じゃあ・・・」
「『司』――俺の生みの親である、月の精霊の長は、穢れを落とせなかった俺に、此処へ還るよう促した」
あぁ、やはり穢れを落とす為に戻って来たんだ。
ほんの少しの落胆と、更に僅かな胸の痛みを押し隠し、八戒は持っていた銀の短剣を差し出す。
三蔵が取り落としたまま行ってしまったので、拾っておいたのだ。
血を拭われた短剣は、月の光を受け、淡く銀色に煌めいた。
「今度は、外さないで下さいね」
「・・・・・・」
短剣を受け取ろうとしない三蔵に焦れ、その手を取って短剣の柄を握らせる。
そして上着の左半分を広げ、自分の左胸を指差した。
「ほら――心臓は、此処です。よく狙って――」
「・・・・・・して」
「え?」
「どうして、気付かねぇんだよ!」
「・・・・・・ぇ・・・」
「憎くて仕方ない筈なのに、それ以上に別の感情が俺の心を占めて、
お前が傍にいると苦しいのに、傍にいないともっと苦しくて、
お前が怪我をすると何故か自分まで胸が痛くなる、
それなのにお前は、平気で自分の命を投げ出そうとしやがって――・・・!」
ツ・・・、と、
滑らかな頬を、透明な雫が流れる。
尖った顎から手元の短剣に落ちた時、
「!・・・短剣が・・・」
白銀の刃が、雫に触れた部分から、真珠色の光となって宙に解けていく。
月光を紡いで作られた短剣が、三蔵の涙によって元の月光へと昇華されているのだ。
ポタリ、ポタリと、雫を受け止める度に蛍火の如く光が周囲に舞い上がり、同時にどんどん刀身は短くなっていった。
「何やってんですか!剣が消えてしまう、早く刺すんです!」
「出来ねぇって言ってんだろ!」
一際振り絞るような声と共に流れた涙が短剣に落ちたことで、短剣は完全にその輪郭を失い、崩れゆくように淡い光へと姿を変え、三蔵の手の中から消え去った。
「――これは、俺が選んだことだ」
ヒトとして、命尽きるまで傍にいると――
その意思を読み取り、八戒は震える手を三蔵の頬に伸ばす。
紫暗の眸にはもう、怯えも畏れも浮かばない。
「・・・いいんですか?僕、自惚れちゃいますよ・・・?」
「・・・・・・」
頷くことで、それに応える。
「僕――僕は、独占欲が強いですよ?自分のものになったら、二度と手放しませんよ・・・?」
「・・・望むところだ・・・」
紺碧の宙に浮かぶ真珠色の月の下、2人の影が近付き、1つになる。
月の精霊が全てを棄てて、ヒトと添い遂げる事を選んだ、
それは稀有な物語――
|