実は悟浄は花喃嬢の許婚だったりする(核爆)





 花喃嬢の屋敷で、三蔵と八戒は花喃嬢が前以て手配していた医師により、傷の手当てを受けた。
 八戒の怪我は命に係わるものではないが、範囲が広い分出血も多かったため、貧血を起こしているらしく、更には肋骨も数か所折れているという。
 屋敷に元からあるという八戒の部屋で、今は薬を投与されて眠っている。
 三蔵はといえば、夕食と客室を用意されたものの、食欲がまるで湧かなかったため、そのまま客室に篭ることにした。
 馬車の用意といい医師の手配といい、
 ヒトとは思えぬ先見の明は月晶石の影響かと三蔵は勘繰ったが、馬車の中で悟浄曰く、彼女は幼い頃から人一倍勘の良い人物だったという。




『特に八戒の事に関しては、デルフォイの巫女も真っ青ってくらいの的中率でよ、ガキの頃は、それで暗殺の危険を免れたことだって一度や二度じゃなかったぜ?
 今回だって、いきなり俺を呼び付けるや、「悟能の身に何かが起こるかも知れないの。馬じゃなくて馬車であの子を探して頂戴」ときたもんだ』
『・・・・・・「悟能」?』

 聞き覚えのある単語に三蔵は眉を顰めた。
 そういえば、この騒動の発端はそもそもそこにあったのではないか。

『あぁ、悟能ってのは、八戒の幼名と言えばいいのかな?代々あいつの一族の跡取り息子は、領主になると同時に新しい名をもらうんだってさ。
 花喃さんだけは、あいつを幼名のままで呼び続けているけどな』
『・・・・・・そうか』




 そのやり取りを思い出し、三蔵は心の中で自分を嘲笑った。
 勝手に勘違いして、その場から逃げ出して、
 挙句の果てが、この様である。

「・・・ダセェ」
「何が、ダサいのかしら?」
「!?」

 振り向けば、花喃嬢が、扉の前で微笑んでいる。
 考え事に耽っていたとはいえ、気配に気付かなかった自分に、心中で舌打ちした。

「・・・出歩いたりして、平気なのか・・・?」
「お気遣い有り難う。でも大丈夫よ、このくらいは。
 あぁ、でも悟能には内緒ね。お小言喰らっちゃうから」
「・・・・・・」

 部屋の中を沈黙が漂う。
 彼女が自分を訪ねた理由は何なのか。
 ひょっとすると、自分の所為で双子の片割れが怪我を負うことになった事を、詰りに来たのか。
 穏やかに微笑む――口元は八戒と似ている事が、今更ながらに判る――彼女の意図が見えない。
 そんな三蔵の胸中を知ってか知らずか、花喃嬢は足音も立てずに三蔵の傍へと歩み寄ると、優雅な所作で向かいのソファへ腰を下ろし、話し始めた。

「――私ね、少し前まで殆ど床から出られない程体が弱くて、あの子にいつも心配を掛けていたの」
「・・・聞いている」

 体調が良くなった『原因』に自分が関わっている事を、此処で言ってやろうか。
 一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、踏みとどまった。
 双子の弟が月の精霊宮に忍び込み、宝玉を盗んだ上に自分を穢したなど――あまつさえ、その穢れを祓うため、彼の命を狙っているなど、言える筈もない。
 そう考える一方で、会ったばかりの人物に、そのような気遣いをする自分に、戸惑いを覚える。

「特にお父様の跡を継いでからは、領地領民の事に掛かりきりになっていても、必ず私の容体は侍従を通して確認していて、私が寝込んだと聞いたらすぐ飛んで来て・・・北の町の領主との和平が締結されるまでは、身も心も休まる時が無かったんじゃないかと思うわ」
「・・・・・・」
「そんな時にね、一月程町を出て、戻って来たあの子が、私に『御守りだよ』って綺麗な石を渡してくれたの。
 それからよ、私の体調がぐんぐん良くなってきたのは。主治医もビックリしているくらい」
「・・・・・・」
「もう、私は大丈夫。私の事で、あの子を煩わせることもないわ。
 だから今度は、あの子に幸せになって欲しいの」
「・・・・・・」
「それでなんだけど、ねぇ、三蔵さんはあの子の事、好き?」
「・・・・・・は?」

 言われた事が一瞬理解出来ず、三蔵は花喃嬢を見返す。
 けど、相手からはにこにこと邪気のない笑顔が返って来るだけで、三蔵は困惑した。
 『殺したいほど憎い』、そう言ってしまうのを躊躇う何かが、目の前の女性にはある。
 脳裏で考えを巡らせ、ふと思い浮かぶ。
 『嫌いじゃない』と、そう言えば、少なくとも殺意を抱いている事は知られないだろうし、花喃嬢も納得してくれるのではないか。
 そう考え、ほんの少し呼吸を整え、平静を装うと、

「・・・嫌いなわけ、ねぇに決まってんだろ」

 と、目の前の女性の表情が、みるみる晴れやかになり、

「でしょう?やっぱり、私の眼に狂いはなかったわ!
 三蔵さん、これからもあの子の事、宜しくお願いね♪」
「あ゛?」
「それじゃ、お休みなさい♪」
「おい、ちょっ・・・」

 三蔵が戸惑っている間に、花喃嬢は出て行ってしまった。
 ――今、自分は何と言った?
 『嫌いじゃない』、そう言うつもりだったのに、
 気が付けば、似て非なる言葉が、口を突いて出ていた。
 今回の事だけじゃない。ヒトの身体になってからというもの、胸が苦しくなったり、脈が早鐘を打ったり、顔が紅潮したり、自分の身体なのに、自分で制御出来なくなることがある。
 自分が、自分でなくなるのでは――湧き上がる言いようのない畏れに、自身の肩を掻き抱く三蔵であった――








 あの騒動から1週間。
 八戒の体調は快方に向かい、固定具こそ取れないまでも、馬に乗れるくらいには回復した。
 そしてその日の夕方――
 『夕食前の散歩でも』――そんな台詞と共に、三蔵は八戒に屋敷の外へと連れ出された。
 町の喧騒から離れ、諾足の馬に揺られる事小1時間(流石に駆け足だと八戒の傷に響く)、着いたのは、町の西外れの小高い丘の上。

「――見ていて下さい、三蔵」

 いつぞやと同様、八戒の助けを借りて馬から降り立った三蔵の眼下に広がる、草原と――そして、それより更に西に広がる荒野。
 昼間は三蔵の神官衣と同様に白茶けて見えるそれらが、沈みゆく夕日に照らされ、赤銅色に輝いている。
 そのまま眺めていると、荒野の向こうに日が沈み、夕闇が勢力を強めていく。
 その、刹那の色彩(いろ)――

「この、日暮れと夜の境のほんの一瞬、全てが紫に染まるんです・・・綺麗ですよね・・・」
「・・・・・・」
「貴方の、眸の彩と同じでしょう?」
「・・・・・・あ・・・?」

 急に言われて、怪訝な表情(かお)で振り返ると、思ったより間近でこちらを見つめる緑柱石(エメラルド)
 普段の、掴みどころのない笑みは消し去り、真摯な表情で、切なげに、

「吸い込まれそうになるほど美しい、紫水晶(アメシスト)のような・・・」
「・・・ぁ・・・」

 気が付けば、背に腕を回され、八戒の腕と身体の間に閉じ込められ、

「んっ・・・!」

 唇に、熱い感触。
 頭の中も、全身も、鎔ける程に熱く、苦しく、
 生きたまま地獄へ落とされる苦痛も、これ程ではないのではないか。
 苦しさと混乱の極みに達し、無我夢中で暴れるうちに、指先に何かが絡まる感触。
 深く考えることも出来ず、そのまま勢いにまかせて引っぱると、



 プツン



 何かが切れるような感触と同時に、甘く強引な拘束から解き放たれた。
 乱れた息は、なかなか整えられず、頭の中が痺れるようで、何が起こったのか把握出来ない。

「あーあ、取られちゃいましたね」

 のほほんとした八戒の声に、ようやく自分の手の中に何かがある事を知る。
 極細の革紐の付いた、小さな革袋。
 そこで初めて、自分が引き千切ったのが、賭けの対象である革袋の紐であった事を理解した。
 だが――

「これは――この気配は・・・」

 賭けに勝った喜びより、その袋から感じる気配に驚きを禁じ得ない三蔵。
 それは、良く知った――何よりも自分に近しい、馴染みのある気配。
 袋の口を緩め、中を見る。
 入っているのは、夕闇の中に在って尚、淡い光を放つ、ひと房の金髪。
 三蔵が、かつて江流と呼ばれていた精霊だった時の――

「あの時に・・・?」
「ご利益ありそうじゃないですか、精霊の髪って。
 意識を失くしている中申し訳ないとは思ったんですが、戴いてしまいました」

 うそぶきながら、「返してくれませんか?大切なものなので、それ」と手を差し出す。
 自分の髪を、片時も離さず身に付けていた、その事実に、三蔵の心が震える。

「約束ですからね、お返ししますよ」

 そう言うと、八戒は懐から別の革袋――先の物より一回り大きい――を取り出した。
 革袋を受け取った三蔵に重ねて差し出されたのは、一振りの短剣。

「さあ――刺して下さい。その為に、僕を探してたんでしょう?」
「!っ――」

 短剣を受け取った手が、動揺で震える。
 そう。自分は、この日の為に、彼の茶番に付き合ってきた。
 月晶石を取り戻した今、為すべき事は、自分の穢れを祓う事。
 その為に、慣れぬヒトの身体で、散々な目に遭いつつ町を渡り歩き、此処まで来たのだから。
 なのに――

「ぁ・・・・・・」

 いざ短剣を握ると、手だけでなく体全体が小刻みに震え、足も竦んで動かない。
 ほんの半月程前には、言葉を交わすより先に身体が動いたというのに。
 だが、穢れを落とさなければ――彼を殺さなければ、精霊宮には戻れない。

「ぅ・・・、ぅああぁあぁぁ―――っ!!」

 震えを抑えるべく両手で短剣を握り、自分を奮い立たせるように声を上げ、
 三蔵は八戒に向けて、短剣を振りかざした――







なかがき

前半はオリジナル要素多めですかね。原作に於けるこの辺りのシーンが全く記憶にないもので(汗)。
異界パラレルと銘打っておきながら『デルフォイの巫女』発言もどーかと(^_^;)。
ヒロイン&妹の会話は、原作でも同様の遣り取りが繰り広げられております。
『嫌いじゃない』という台詞は、原作でも三蔵様が『気に入ってる』と同義で使っていますよね。その辺りも、この話を83にした(せざるを得なかった)理由になっているのです。