『最中』はありません(爆)







 ※一部、埋葬編〜その後の2人の内容を含みます。




 『お待ちしてました――三蔵』








 目の前に並べられているのは、ギョロリとこちらを向く眼球。
 ――ではなく、

「三蔵様のご要望に近付けられるよう、方々に手を回し、手に入る最上の貴石を用いた物を用意させていただきました。
 ご期待に沿う物になっておりますでしょうか・・・」

 実物の眼球に限りなく似せて作られた、精巧な義眼。
 その虹彩の部分は、どれも美しい碧であるが、

「・・・良く出来てはいる。が、こいつとこいつは指示した色とは微妙に違うな。
 そしてこっちは色に深みが感じられないし、こっちは色が良くても透明感を欠いている。これでは義眼と丸判りだ。
 瑯玕(最高級の翡翠)のような碧の色と深み、そして眼球として嵌めた時の濡れたような艶と透明感。この条件を全て満たした物を用意してもらいたい」

 言われた義眼の製造業者は、突き返された商品を手に、一礼して去った。
 恐らく、腹の中では不満たらたらだろうが、自分に楯突こうものなら、この先二度と商売をしていけなくなる事くらい、重々理解しているだろう。
 ハン、と自嘲の声が洩れる。自分が、この地位と権力を笠に着る日が来ようとは。
 今の今まで、何かに拘るということはなかった。
 与えられた地位や役割は、唯一つの物を取り戻す、それだけのために受け入れているに過ぎなかった筈なのに。
 今、唯一人の人物の為に、それらを最大限利用しようとしている。
 ――氷と炎、凪と嵐を両方内に秘める、大量虐殺犯の青年に。








 1ヶ月後――
 1人用の宿坊に大の大人が4人もいれば、窮屈なことこの上ない。
 その4人のうちの1人である医者が、椅子に大人しく腰を下ろす青年の顔に巻かれた包帯を外す。
 瞬きをさせたり、目だけを上下左右に動かさせたり、痛みや違和感の有無を聞いたりして一通りの確認を終えると、次の人物にバトンタッチする。
 次に青年の前に立った義眼技師は、健常な目を眼帯で覆った後、ペンライトを目の前にかざしたり、逸らしたり、指を立てて目の前を移動させたり、その指の本数を変えたりして、その都度青年にどのように見えているかを問うた。
 こちらも必要な事項は全てチェックし終えたのだろう、着けさせていた眼帯を取り去り、医師と2人してこちらを振り向いた。

「終わったか」
「はい。術後の経過は良好です。拒絶反応もなく、周囲の分泌腺も正常に機能しているので、このまま一月もすれば状態は安定するでしょう。それまでは毎日の点眼と、就寝前の軟膏を欠かさないようにして下さい」
「神経代わりの線も問題なく機能しておりますが、現在の技術ではごくぼんやりと物の存在を把握出来る程度で、元の視力を取り戻すほどの機能はございません。それでも、片目で過ごすよりは支障が少ないかと存じます」

 医師と義眼技師の説明を聞く三蔵。
 その2人が宿坊を辞すると、残ったのは――

「・・・痛みはないんだな?」
「えぇ。今のところは。
 義眼を入れたばかりの頃は違和感がありましたが、今はそれも・・・」
「傷というのは、天候によっても痛みの度合いが変わるからな。耐え難いほどの痛みなら下手にやり過ごそうとせず、すぐ人を呼べ」
「分かりました」
「どら――見せてみろ」
「・・・・・・え?」

 それは、何気ない思い付きだった。
 あれだけ手を尽くして用意したのだから、専門の者を除けば、自分が一番に見てもいいだろう、そんな子供じみた考え。
 それ以外にはこれといった深い考えもなく、『それ』を見るために青年に近付き、手を伸ばして顎に添え、顔を寄せて――




「「――――ッ!!」」




 全身を、衝撃が走った。
 大きく見開かれた、左右で僅かに色味の異なる目――実に残念ながら、限りなく近付けたつもりでも本物の美しさには及ばなかった――と、自分の視線が重なった瞬間、頭頂から足先までを突き抜けた電流。
 視線を逸らさなければ、身体を離さなければ、
 いつまでもこの状態でいるのは不自然だ。
 そう、理性は警告しているのに、身体はいうことを聞かない。
 それどころか、顎に添えた手が自分の意思とは関係なくぎこちなく動き、先程疑問符を投げ掛けたまま、ほんの少しだけ開かれた唇に指先が当たった。
 その瞬間、ごく僅かに震える青年の身体。
 何かに突き動かされるように、互いの顔が近付く、その時、

「さんぞー!維那(寺院内で社務を司る部署)の奴がさんぞーのこと呼んでるー!」
「「っ!!」」

 大声と共に飛び込んで来た悟空に、弾かれるように離れる2人。
 それまで、知らず息を詰めていたのだろう、ヒュッと喉が鳴り、酸素を取り込む。
 今し方の出来事が頭の中で理解しきれず、互いに視線を彷徨わせる。

「あ、の・・・」

 何かを言いかけた彼の言葉を遮るように、用意していた物を突き出す。
 義眼を保護するための片眼鏡(モノクル)
 手術を受ける前に先の医者から助言を受け用意していた物だが、話題を逸らしたい一心でその必要性を説き、押し付けた。
 鏡は隣の洗面所にしかないため、部屋の窓を鏡代わりにして片眼鏡を装着する彼に、更に言葉を継ぐ。

「忘れるな。その両の目で、前を向け。
 最後の瞬間まで、自分の『生』から目を逸らすんじゃねぇ。解ったか――『八戒』 」
「え・・・・・・」
「『猪悟能』は先の判決と共に死んだ。お前はこれより『猪八戒』と名を改め、新たな生を送ることとなる。既に戸籍も作成済みだ」
「『八戒』・・・仏教に於いて特定の日に在家信者が守るべき八つの戒め、ですか」
「・・・そういや『猪悟能』は宗教学を修めていたか。
 けどンなモン、真に受ける必要はねぇ。この俺を見りゃ解るだろう。
 お前がすべき事は唯、その両の目で前を向き、その命でもって前へ進み、全てを新しい名の下、その身に刻み込む事だけだ」

 目と命と名。
 全てこの最高僧によって授けられた。

「猪八戒の生命(いのち)は今、与えられた。だが、未来は与えられるものじゃねぇ。
 お前が、お前自身の手で切り開くんだ。解ったな」
「・・・・・・・・・はい・・・」

 その返事だけを聞くと、きょとんとした表情の悟空の横をすり抜け、宿坊を後にした。
 悟空が何か喚いているが、耳に入らない。
 途中、数名の僧侶が言葉を掛けたかも知れない、それらにもおざなりな返答でやり過ごし、早足で執務室へと入るや、後ろ手で鍵を掛けた。
 途端に、張り詰めていた気が一気に緩み、扉に背を預けたまま、情けなくもその場にズルズルと座り込む。

 ―――今のは、

 気持ちを落ち着かせようと煙草を取り出すが、手が震えている事に気付き、舌打ちして煙草を諦めた。
 天井を仰ぎ、手で顔を覆う。
 彼の青年に、ある種の執着を覚えている事は、朧気ながら自覚していたが、
 まさかそれが、いわゆる恋情というものだったとは。

「・・・・・・何てこった」








 そして現在――

「お待ちしてました――三蔵」

 耳に心地良いテノールが、自分の名を呼ぶ、そんな些細な事にすら心が揺さぶられる。
 招きに応じ、ドアを潜ると、ほんの僅か頬を染めた想い人の前に立つ。

「・・・ちゃんと理解したようだな」




『僕等お互い、汚れ物同士じゃありませんか』




 自分と彼との間に、綺麗の汚いのという違いはない。
 どちらも血にまみれた過去を持ち、そして今尚地べたに這いつくばって必死で生きる、矮小で脆弱な存在だという事に。
 だから――特別扱いなどするなと。呼び捨てで良いのだと、そう言えば、

「頭では理解したつもりですが・・・でもやっぱり緊張します。言い慣れませんから・・・」
「慣れるまで繰り返せばいい。お前の学習能力は低くない筈だ」
「ご期待に沿えるよう、鋭意努力します――それで、ですが三蔵」
「ん?」
「僕、まだちゃんとした言葉をもらっていないんです」

 ・・・その場に突っ伏しそうになった。
 確かに、思い返せば自分の気持ちに気付いたあの日から今日この時まで、それを言葉にして伝えたことは結局なかったような気がする。

「言わないと解らないとか、そういうのではなく、まあけじめみたいなものですよ。
 ですから・・・出来れば、今此処で――・・・」

 皆まで言わせる気はなかった。
 一気に間合いを詰めると、自分が与えた片眼鏡(モノクル)をそっと外し、
 両の手を顎から耳へと沿わせてあの時と同じようにその両目を覗き込めば、再び押し寄せる感情の(うしお)

「――愛している、八戒」
「・・・あ・・・・・・」
「過去なぞ関係ねぇ。現在(いま)此処にあるお前とお前の未来、全てを俺に寄越せ。
 俺も――やれるだけ全部、お前にくれてやる」

 言うと、義眼の嵌った右の瞼に口付けた。

「三・・・蔵・・・・・・」
「返事――もらえるか、八戒?」
「えぇ――えぇ。僕も・・・愛してます。僕の全てを・・・三蔵、貴方に。
 だから――」

 下さい・・・貴方を――








「ぶぇ―――っくしゅっ!!」

 一晩を床の上で過ごした悟浄は、盛大なくしゃみと共に目を覚ました。
 窓の外を見れば、丁度夜が明けようとしている。

「てゆーか、俺の部屋じゃん・・・」

 片眼鏡の話をしながら八戒と飲んでいたところまでは覚えているが、それ以降の記憶がすっかり飛んでいる。
 いつの間に部屋へ移動したのかも、全く覚えていない。

「うー、トイレトイレ・・・?」

 向かったドアに、何かが貼られている。
 それを剥がし、徐々に強さを増す朝日にかざせば――




『八戒の部屋に近付いたら殺す』




 流暢な筆文字(てか、筆持ち歩いてんのかよ)で書かれた字が、誰のものかなど考えるまでもない。
 念のため手洗いに立つついでに台所を覗けば、昨日使った皿やグラス、焼酎の瓶がシンクに投げ込まれたままになっている。
 本来の同居人であれば、有り得ない状況。

「・・・片付ける暇も惜しかったってか」

 全てを察してしまうのが哀しいが。
 まあ鷭里の一件からこちら、2人の間に漂う空気が一変した事には薄々勘付いていたから、特に驚きはなく、ああ収まるところに収まったんだな、というところか。
 取り敢えず目が覚めたら欲しくなるだろうと、コーヒーメーカーを電源を入れるだけの状態にセットしておき、家を出た。

「お幸せに、お二人さん・・・・・・ヘ――ックシュッ!」








―了―
あとがき

最後の段落で全部台無しにしてどーするんですか香月サン(爆)。
や、宿題は『前』と『後』だから間違ってはいない・・・と・・・(滝汗)。
といいつつ内容の半分はやはり寺院時代になってしまうのです。っていいますか何度構想を練り直しても寺院時代が出てきてしまう不思議(笑)。
「宿坊」というのは寺の中にある宿泊施設で、判決を受けて『悟能』でなくなった彼は此処へ移された設定。
睦言シーンはどうしたって何処かで見たことのあるフレーズになってしまうのが悩みどころ。そんな中、香月カラー丸出しなのが『ちゃんとした言葉をもらっていない』発言。あの流れで何でそーなるの、な(^_^;)。



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