1ヶ月以内に人捜しってよく考えたら無茶過ぎ(爆)





 とある小さな町。
 この土地一帯を統べる一族の長は、八戒と呼ばれていた。
 ごく最近代替わりしたこの族長は、まだ年若いが、剣も乗馬もそこらの者では太刀打ち出来ない程の腕前で、尚且つ頭もよく回り交渉事にも長けているため、長く緊張状態の続いていた北側の町の一族と和平を結んだということもあり、領地内で彼を侮る者は誰一人いなかった。
 また、内政にも力を入れ、特に衛生環境を改善すべく、井戸や公衆浴場を造ることで、人々の衛生水準は格段に向上し、病気も減った。
 その他諸々の善政により、民からの支持が集まるのも時間は掛からなかった。
 今日も今日とて、公共工事の現場視察に来た八戒に、町の住人から暖かな声が掛けられる。
 この平和な光景を、自分が護っているという喜びと責任を感じながら、八戒は独り周囲を散策していた。
 自分の幼少時は、大人達は常に争い、自身も命を狙われることが少なくなかった。
 大切なものを護りたい、その一心で色々な技や知恵を身に付けて行った。
 代替わりした直後も周囲の反感や侮蔑はあったが、北側の町の一族との和平交渉に成功したことで評価は一変し、今、自分の身を脅かすものは何もなかった。
 唯一存在した不安事も、ここ数日で解消の目処が立ち、文字通り順風満帆と言って良かった。
 だが――時折胸をよぎる、かすかな痛みを伴う感覚。
 原因は判ってる――あの新月の夜の出逢い――
 無意識に、首から胸元に下げた小さな革袋に手をやる。
 そこまで考えたところで、ふと八戒は顔を上げた。
 考え事をしながら歩いている間に、人気の少ない町外れまで来ていたらしい。
 この先は集落の境界であり、それより向こうは、岩と砂ばかりの荒野だ。
 考えに没頭していた自分に対し苦笑すると、八戒は駐屯中の陣営へと戻ろうとした。
 ――その時、

「―――おい」

 一人の人物が、近付き声を掛けてきた。
 生成りの木綿のフードに黒の木綿の紐帯は、神官見習いの格好である。
 その色が周囲の白茶けた土と紛れ、声を掛けられるまで気付かなかったようだ。

「神官様・・・その紐帯は、見習いの方でしょうか?何か・・・」
「・・・・・・けた・・・」
「え?」

 生成りのフードの下から見える唇はかさついており、そこから漏れ聞こえる声もまた掠れてよく聞き取れなかった。
 なので、こちらからも一歩踏み出し近付いた、その瞬間、

「―――っ!!」

 相手の手に握られた短剣が、午後の光を受けて煌めいた。
 だが、白銀の弧を描いた刃が八戒の身体に到達する前に、繰り出された手刀により地面へと叩き落される。
 間髪を入れずに、相手の腕を後ろ手に捻り上げ、無防備になった鳩尾に当て身を喰らわせた。
 何処の領主の間者か知らないが、随分とあっけない。
 そう思った八戒が意識を失った暗殺者のフードを上げると、碧の眸が驚愕に見開かれた。

「どうして・・・・・・」

 フードから現れたのは、風雨にさらされ多少痛んでいるものの、淡く輝く金の髪
 白い肌も形の良い唇も潤いを失い、ところどころ切れて血が滲んでいる。
 あの夜に見た姿とは大きくかけ離れているが、それでも間違いない、月の精霊宮で出逢った精霊だ。

「僕を・・・追ってきて、くれたんですか・・・?」

 その目的が、自分自身ではなく例の宝玉だったとしても。
 この半月程の間、経験したことなどなかったであろう苦労をして、此処まで――自分の下まで。
 あの時みた美しい紫暗の眸は、今は薄い瞼の下に隠れ、その瞼も疲労からか少し青い。
 過去の記憶より肉付きの薄くなった体を抱き上げると、八戒は陣営へと戻るべく歩を進めた――








 目が覚めて身を起こした三蔵は、周囲を見てギョッとした。
 清潔なシーツを敷いたふかふかのベッド。
 毛足の長い絨毯や細かい刺繍を施されたタペストリー。
 ヒトの身になってから一度も触れたことのないほど豪華な家具に囲まれていたのだ。

「此処は・・・?」

 眠る前の記憶を思い返そうとする。

 ――そうだ、奴を見付けて、そして――・・・

 殺害に失敗し、当て身を喰らった。
 まずは月晶石を取り戻し、その上で彼を手に掛ける、何度も脳裏で反芻した筈なのに、
 彼の姿を認めた瞬間、頭が真っ白になり、勝手に身体が動いていた。
 自分の軽率さに、今更ながらほぞを噛む。
 ――と、



 コンコン



「!?」
「お目覚めですか?お支度に参りました」

 驚きに声を出せないでいると、女中らしき中年の女性が入って来た。

「まあまあ、荒野を旅してきたんですって?あらあら、お(ぐし)が砂まみれじゃないですか。
 一番風呂を先に使わせるなんて、浴槽の掃除が大変なのに、領主様ったらこっちの気も知らずに・・・」

 言っている事の意味は良く判らないが、文句を言っている事だけは判る。

「・・・一体何処なんだ、此処は」
「領主様の御屋敷でございます。貴方様は町の南の外れで領主様に保護され、此方まで運ばれたと聞いております」
「誰も保護してくれなどと頼んだつもりはねぇぞ」
「その辺りにつきましては、私ではなく領主様に仰って下さいな。
 とにかく、領主様の御客人として相応しいようにと言いつかっておりますので、腕に縒りを掛けてぴかぴかにお手入れさせていただきます。宜しゅうございますね?」








「痛ぇ・・・」

 よせやめろ嫌だと言っても女中は頑として聞かず、湯につけた三蔵の全身を海綿を使って擦り上げ、髪も何かの実を磨り潰したらしい粘りのある汁を付けて、わしわしと洗った。
 その後何度も頭から湯を掛けられ、その都度驚きと息苦しさで心臓が止まりそうになる。
 更には全身に香油を擦り込んだので、かさついていた肌はツルツルになり、傷やあかぎれもあらかた塞がったが、ヒトの習慣に馴染めない三蔵にとっては、拷問にも等しい時間だった。
 薄絹の衣に着替えさせられ、通されたのは、領主の部屋。
 客室に比べると絨毯の模様や家具の彫刻はシンプルだったが、それでも上質の物が備えられている。
 見渡すと、部屋の主は、バルコニーにいた。

「ああ、お似合いですよ、その服」

 言われて、思い至った。

「俺の服と短剣はどうした」

 服はともかく、短剣が無ければ、目的を果たせない。
 それを知ってか知らずか、

「服は洗濯中です。短剣は・・・物騒なので隠しちゃいました♪」
手前(テメェ)・・・」
「その口調は変わらないんですね」
「貴様の所為で、俺は精霊でいられなくなった!あの精霊宮を追われた後、俺がどんな目に遭ったか・・・!」
「僕の所為ですよね、すみません」

 言い終わる前にあっさりと頭を下げる八戒に、三蔵は出鼻をくじかれた気分である。

「とにかく、月晶石を返してもらおうか。短剣もだ」
「・・・そうですね・・・でも、あっさりと返すのって、ちょっともったいないですよね。折角苦労したのに」

 自分が精霊宮に忍び込んで盗んだくせに、いけしゃあしゃあとはこの事だ。

「じゃあ、こうしません?僕が常に首から下げているこれを、僕から取り上げたら、貴方の勝ち。石も短剣もお返しします」

 そう言いながら、革紐でペンダントのように首から下げられた、小さな革袋を持ち上げてみせる。
 一瞬中身は月晶石かと思ったが、大きさや袋の膨らみ具合から見て、そうではなさそうだ。

「何だそれは」
「僕の、大切な物です――まあお守りみたいなものですかね」

 相変わらず、掴みどころのない笑みを浮かべる。

「一応此処の領主をしているので、貴方を客人として長期間逗留させるのは、難しい事ではありません。
 貴方が飽きるまで、これを狙い続けたらいいですよ」
「・・・・・・暇人だな」
「あはははは。これでもそこそこ忙しい身なんですけどね。
 まあゆっくりしていって下さい――そういえば、貴方、名前は?」
「・・・・・・三蔵」
「良い名ですね・・・僕の名は、八戒です」








なかがき

八戒さんサイド及び邂逅編。
大筋は原作通りなこの話ですが、八戒さんの住む場所は大幅変更で、ある程度の規模の町としております。
原作で精霊の唇を奪った男はモンゴルのような草原の民の長なんですが、天幕での生活というのを文字で表現するのは困難を伴うものでして、あと滅多にお風呂に入らない生活はちょっと、という個人的希望もあったり(^_^;)。